第133話 (鬼柳)名乗らなきゃ、ダメ?

──♡12


「あなたが犯人ね」

 と名指すわたしを、悠斗くんはしげしげと無遠慮に見つめてくる。


 彼の姿をはっきり正面からみるのは、わたしも始めてのことだった。わたしが目にしたのは、覗き見する姿と、逃亡する姿だったものね。


 明るい茶髪に細いまゆ、守屋くんよりもすこし背が低いかな。整った顔立ちは、どことなくお姉さんの面影を感じさせる。うん、やっぱり兄妹なんだね、と思う。


 ひとり納得するわたしをよそに、顔をしかめ、口をひねり、

「あんた、誰?」

 と悠斗くんは訊いてきた。


 おっと、いけない。初対面だ。名乗ってなかったね。うーん、……やっぱり名乗らなきゃダメ、かな?


「三年の、その、きりゅうよ」


「きりゅう──、知らないな」


 吉柳か、桐生か、勘違いしておいて欲しいなという複雑な女心はつゆ知らず、悠斗くんの目はわたしの背後を捉えていた。


「大矢恵海、またお前の差し金かよ」


「ふふふ。今度はひと味ちがいましてよ。なんと言っても、わたくしの親愛なるおねえさまですもの!」


 わたしを間に挟み、恵海ちゃんは不穏な会話をくり広げる。またってなに? ひと味ちがうって、わたし?


「だいたい姉って、名字がちがうじゃねえか、大矢恵海。──複雑な家庭なのか?」


 どう勘違いしたのかな。なんだかいらない誤解を生んだ気がするよ、恵海ちゃん。


「心の姉ですのよ」

 とわかるような、わからないような説明を受け、

「まあ……、いいや。きりゅう、──さんを付けとくか。で、犯人ってなに」

 と悠斗くんは訝しむように言う。


「わたしね、古越さんと話してきたのよ。彼女、自分が職員室のガラスを割ったんだって言ってたの。もちろん先生にも、ね」


 守屋くんにはあんな態度だったけど、わたしが今までにみてきた古越さんの姿を思い返す。


「でもね、古越さんがそんな事するひとだとは思えないの」


 だから、と言葉をつなげた。


「誰かをかばってるんじゃないかな、と思ったの」


 恵海ちゃんは、我が事のように大きくうなずいている。


「じゃあ、誰をかばっているのか。彼氏かなとも思ったけど、古越さんはね、彼氏はいないって言ってたわ(わたしをからかいながらね)」


 悠斗くんが弟と呼ばれることを嫌うのは、恵海ちゃんから訊いて知っていた。きっと、『弟』に劣等感コンプレックスがあるのね。大矢恵海、とわざわざフルネームで呼ぶのも、『個人』を大切にして欲しいという彼の意志なのかなと思う。


 でもわたしはあえて、その言葉を使った。


「古越さんはね、弟の悠斗くん。あなたをかばってるんじゃないのかな?」


「しつけえな。あのクソ姉貴が俺をかばうわけねえって言ってんだろ」


 声はにわかにトゲトゲしくなり、ぐっと奥歯を噛みしめるように唇を横に結んだ。


「かばうよ、古越さんは」


「ああ?」


「だって、お姉ちゃんだもの」


 微笑むわたしを横目に捉え、

「……そんなわけねえだろ」

 つぶやく声は、いくぶんと小さくなった。


「それにね。古越さんは悠斗くんに、恩を感じてたんじゃないかな」


 悠斗くんは答えず、代わりに、

「恩、ですの?」

 と不思議そうに恵海ちゃんは小首をかしげた。


「恵海ちゃんが訊いてきた、カマイタチのお話があったでしょ?」


 キョトンとした顔でうなずく。


「わたしはあの騒動を調べたの。小学校の文化祭での出し物。その塔をカマイタチが壊したみたいね。古越さんは、そのクラスの当事者(守屋くんもだけど)だったのよ」


 言いながら思うの。カマイタチ騒動ね、と。


 悠斗くんのお姉ちゃんへの反発も、古越さんの守屋くんに対するあの態度も、何があったのかを口ごもるクラスメイトも、なぜか納得している当時の先生も、すべての原因はその騒動の中にある。


 みんなカマイタチのしわざだと、口をそろえて言っていた。ううん、カマイタチのせいにした、のかな。


 あ、あともうひとつあった。


 守屋くんが人知れずネコに餌をやるというありえない光景も、ね。

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