第131話 (大矢)やっぱりおねえさま

──◆01


 ふう、おっかねえ、おっかねえ。


 あたしは素早く守屋さんの背後へと隠れた。すこし頼りない背中だけど、しっかり守って下さいよ。


 古越くんったらすごい剣幕で迫ってくるんだから、おっかねえな。やっぱり彼は野蛮人なんだな、と実感する。


 ひとつ不思議なのは、とくに強そうでもない守屋さんが雄々しく、は言いすぎ、か。でも妙に堂々としていて、そして古越くんは守屋さんには食ってかかってないことだ。


 何だか彼はあたしにばかり怒っているような気がする。なんでだべ。


 うーん、と考えてみてもわからない。隠れた背中からチラリと、そのうしろ姿を見上げてみる。守屋さんは理由を知っているはずなんだ。


 あたしよりもほんのちょっと詳しく知ってることが、ときたま、ごく稀に、時々は、あったりするのだ。


 ……あとで訊いでみるべ。


 その背中からそっと顔をのぞかせてみた。乱暴者の古越くんは口をとがらせ、目は伏し目がちに、困惑したような表情をみせている。


 生徒会長が犯人だと聞き、ショックを受けているんだ。自白させるチャンスは今しかない、と思った。


「ひとつ、問いましてよ。どうしてこんなことをなさったの。さあ、悔いて侘びなさいな!」


 大きなため息が聞こえる。

 古越くんは頭に手をやってかぶりを振り、守屋さんは、

「なんだいそれ」

 ニヤリとしながら、そう言った。


「あのドラマの名セリフを真似ましたのよ」


 ドラマでは、犯人が涙ながらに事の顛末を話し始めるのに、

「付き合いきれねえ、もう行くぜ」

 古越くんは歩き出してしまった。


「止めないと」

 と思い、守屋さんを見上げた。でも、そこに守屋さんはいなかった。


 守屋さんはたまに瞳の色を変えたように見える。いつものように口もとには笑みを含んでいるけれど、そういう時は心ここにあらず。どこかに行っているんだと思う。


 そして帰ってきた守屋さんは、

「さすがは、めい探偵だね」

 と、にへらと笑った。 


 まったく褒められた気がしないのは、なんでだべ。


「なにか分かりましたの?」

 と訊くと、

「どうだろうね」


 なにそれ。


「古越くん行っちゃいましたのよ」


 ゆるゆるとかぶりを振り、

「彼は犯人じゃないと思うけどね」

 と守屋さんはつぶやく。


「あんなに野蛮ですのに」


 そういえばと、訊くことにした。


「守屋さんは噛みつかれてませんわね。わたくしばかり……」


「大矢さんは悠斗くんを、『弟』と呼ぶからだよ」


 首をかしげる。


「どういう意味ですの?」


「彼は生まれながらにして、『弟』だということさ」


 分からずに黙っていると、

「──死ぬまで、ずっとね」

 と付け足した。


「……イヤなんですの?」


「イヤというか、姉が優秀だとね。辛いときもあるんじゃないかな。それにさ、異性だからね」


 ますます分からない。異性だとどうなるのか。守屋さんは短く息をつく。


「同性ならね、あきらめもつくというものだよ。でも異性は見られる所も、比べられる所もちがうからね。鬱積うっせきするんだよ」


 方や生徒会長、方や乱暴者。


 だから、比べられるのか。比べられたから、そうなったのか。古越くんのことを『生徒会長の』弟さんと呼んだことを、すこし後悔した。


「ま、ぼくは兄妹いないから知らないけどね。さあ、教室に戻ろうか」


 そう言い残し、守屋さんはトボトボと歩き出す。あたしもそれにならった。


 教室に入るともう、おねえさまが戻っていて、守屋さん共々あきれた視線で出迎えられてしまった。


 うう、視線がいてえな。あたしをそそのかした守屋さんが悪いんです。


 反省。


 気を取り直して、生徒会長を調べにいった成果を訊いてみた。


「んー、古越さんは犯人だって認めた、かな」


 あたしがガクリと肩を落とすと、おねえさまは言葉をつないだ。


「明日ね、別の子に会おうと思うの。その子が犯人だと思う、かな」


 気付けば抱きついていた。


「さすがは、おねえさまですの」


 守屋さんについて行ったのが、まちがいだった。明日はおねえさまについて行こうと、心さ決めだ。


 でも、すこし不思議だ。


 みほ先輩と守屋さん、ふたりとも調べてきたことを話そうとはしなかった。まるでお互いに隠そうとしているみたいに。


 なしてだべ?

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