第130話 (守屋)雄弁な背中
──♧12
「やっぱりそうでしたのね」
と大矢さんは嬉々として弾んだ声を出した。弾んだのは声だけで実際にぴょんぴょんと飛び跳ねていない分だけ、まだマシだろうか。
先ほどまで泣きそうになっていた娘と同一人物とは思えないくらいの変わり様だね。コロコロと変わる感情と表情に、悠斗くんもタジタジのご様子だ。もちろん、ぼくもね。
もしあれが演技だというのなら、大した役者だよ。女の子は生まれながらにして役者だとも言うけれど、どうなんだろうね。
知らないほうが幸せだろうか。
「ホーホッホッホ」
高らかな高笑いが聞こえてくる。突然のことに悠斗くんは、パチクリと目をしばたたかせ、ぼくは、
「あ、こりゃマズい」
と直感した。
「犯人はあなたですわね」
もう遅かった。お嬢様はビシッと探偵ポーズで、悠斗くんを指さしていらっしゃる。
「は?」
と、ガンを飛ばされている。
すると大矢さんは、ササッとぼくの背後へと逃げ隠れた。
「俺が犯人だって?」
と、ガンを飛ばされている。
ぼくが。
おや?
「生徒会長は弟のあなたを、かばっているにちがいありませんわっ」
ぼくの背中はじつに雄弁に物事を語るものだ。いつのまにか、『背中で語れる男』になってしまったようだった。おのれの成長が恐ろしい。
いや。
「ああ? なに言ってんの、お前」
と詰め寄ってくる、悠斗くんの成長の方が恐ろしいかもしれないね。
昔はもうすこし、ぼくのほうが背が高かったんだけどな。
「てか、お前だれだよ」
と訊かれる。
ごもっとも、だね。
「どうもはじめまして。三年の守屋です。どうぞよろしく、悠斗くん」
じろりと訝しむ目でぼくを見て、
「チッ」
と鳴いた。
そして吐き捨てるように言う。
「あのクソ姉貴が俺なんか、かばうわけねえだろうが」
地に伏せられた視線がほんのり淋しげに見えたのは、ぼくの思い込みのせいだろうか。昔はこれでも、お姉ちゃんっ子だったというのにね。
三年も経てば、ひとも変わるか。
「お姉さんの事、嫌いなのかい?」
チラと下から睨めあげ、
「……べつに」
と、ぶっきらぼうに呟く悠斗くんの姿にすこしホッとした。
「認めましたわねっ」
と右わきから声がする。
認めたのはまったく別のことだ。ぼくの背中よ。ややこしくなるから、背中らしく黙ってなさいな。
悠斗くんはピクリと眉を動かしたが、突っかかりはしなかった。すこし毒気が抜けたのだろうか。
「大矢恵海。さっきからなんのこと言ってんのか知らねえけど、姉貴が俺になにかするわけねえじゃん」
「どうしてですの?」
「うっせえな。いいだろべつに」
邪険にされている。と、すくなくとも本人は思っているわけだね。未だ、わだかまりは解消せずといったところか。
まるで涙を堪えるようにと歯を食いしばった、あの日の悠斗くんの顔がチラチラと脳裏によみがえる。
ぼくにとっては初めての謎だったし、何よりもまず時間がなかった。上手くは出来なかったな。なんてのは、まあ、ただの言い訳に過ぎないだろうね。すこし責任を感じるよ。
「良くはありませんの。弟のあなたが犯人なら──」
言いかけた言葉はさえぎられた。
「お前、いい加減にしろよ」
一歩ニ歩、悠斗くんが近付くと、
「キャー」
という声と共にぼくの背が重くなる。まるで子泣きじじいにでも取り憑かれたかのようだった。
「待った待った、悠斗くん」
荒ぶる彼に制止を促す。
「こいつが!」
はは、すこし彼の気持ちがわかるだけにどうしたものだか。悠斗くんの話しぶりから察するに──。
「職員室の窓ガラスが割れてね、古越芽生さんが犯人だという事になってるのは知ってるのかな?」
「……」
言葉にならず。驚きの色はすこしばかり見て取れた。知ってはいるが、事実としては受け入れていなかったというところだろうか。ふむ。
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