第129話 (守屋)眠れるイカロス

──♧11


 スマホをスリープ状態にして、学生服のポケットへと雑につっ込む。調査に出たきりだった鬼柳ちゃんからメッセージが届いていたので、返信を打ったのだ。


『カマイタチが出た時、守屋くんは探偵にあこがれていたの?』か。


 これは答えても問題ないだろう。


 訊かれた本当の意味が、『もう黒幕だったの?』だとしてもね。ぼくが答えたのは、探偵に憧れていたかどうかだからさ。そこからどう想像するかは、鬼柳ちゃんの自由だよ。

 

 でもそうか。鬼柳ちゃんはいま、カマイタチのことを調べているんだね。作ったは良いものの誰も解こうとはしなかった、ぼくが過去に置き去りにしてきた、あの謎を──ね。


 大矢さんから訊かされた時は、すこし驚かされたよ。ぼくの置いてきた謎がまさか、『妖怪カマイタチ』に姿を変え、いまもなお噂として伝わっていたとはね。まったく思いも寄らぬ事だったな。


 浅くため息をつく。カマイタチに文化祭か。なら、思い出すのは生徒会長のことしかないね。古越芽生。


 彼女はぼくの初めての相手だったからね。


 初めてぼくが黒幕として向き合った謎。その時の当事者が、なにを隠そう彼女だったんだよね。そして、もうひとりの──。


「ああっ!」

 という大矢さんの驚く声で我に返った。


 何事かとふり向くと、

「野蛮人、野蛮人ですの!」

 と指を指している。


 そいつは大変だ、大発見じゃないか。まさかこの目でバルバロスを拝める日がくるとはね。ギリシャ人もびっくりだよ。さてさて、どんな風貌なのかなと眺めてみると。


 下駄箱から出てきたのは、古越悠斗こごえゆうと。古越さんの弟くんだった。


 だれかに追われているかのように後ろを気にしているけれど、そのだれかは外まで追ってこないのか、そのままゆっくりと歩み始めた。


「守屋さん、あれが生徒会長の弟ですのよ」


 ふぅん、あの頃よりもずいぶんと背が伸びたじゃないか。髪も茶色に染めちゃってさ。あれはきっと、校則に引っかかる色合いだろうね。


 乱暴者だと、大矢さんは言っていたっけ。小学生のころもワンパク小僧だったからね。いまもそう変わってないという事なのかな。


「へいぎ、おっかなぐねぁー」


 肩をブルリと震わせながらも、大矢さんは自らを鼓舞していた。それでもなお一歩を踏みだし、探偵足らんとする姿勢をみせている。


 はたしてひとは、それを勇気と呼ぶのか、はたまた無謀と呼ぶのか。大矢さんのそれはそのまま放っておくと、いずれその身を焼き尽くしてしまいそうな気がするよ。


 そうならないように。太陽に近付きすぎないように。ぼくも大矢さんのあとについて行くとしようかな。


 そうしないとさ。イカロスの翼のように。いや、あの時の古越さんのようになってしまうだろうからね。


「もし、よろしくて?」

 と、大矢さんはすこし上ずった声で呼び止めた。その手はぎゅっと固く握りしめられている。

 

 古越くんはゆっくりとふり返り、  

「あ? なんだ、大矢恵海か」

 そう言ったあと、ぼくの姿を見てピクリとまゆを寄せた。


 そして短く、

「なに?」

 と訊く。


「あなた、生徒会長の、古越さんの弟さんですわね」


 チッ、と舌打ちが聞こえた。


 くるりと回り、そのまま歩きだしてしまう。その背中に大矢さんはまだ食い下がった。


「弟さんなのでしょ?」


「弟、弟、うっせーな。俺は悠斗だっつーの」


 ピタリと足を止め、古越くんは興奮したように大きな声でがなり立てた。眉間にはシワが寄っている。


 対する大矢さんは、ビクリとその身を震わせた。


「……ちがい、ますの?」


 怒声に臆したのだろうか。消え入りそうな、か細い声を出す。ともすると、このまま泣き出してしまってもおかしくはなさそうだね。


 バツが悪そうに頭を掻きながら、

「そうだよ」

 と、聞こえるか聞こえないかくらいの声で古越くん。


 いや、悠斗くんはつぶやいた。

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