第128話 (鬼柳)先生は知っていた
──♡10
大人しくてリーダー性のない古越さんに、口もとに笑みを含まないで怒りを露わにする守屋くん、ね。
ふたりとも今の姿とは比べるまでもなく、かけ離れている。
──その文化祭が起因なの?
と興味は尽きない。
「華ちゃんは、その塔がどう壊れてたのかは見たの?」
「見たよ、
自分たちが作った作品を残骸と呼ぶのはどんな気持ちなのかな。やるせないよねと気の毒に思い、華ちゃんに視線を送ると意外にもあっけらかんとしている。
もう昔の話だからかな?
わたしの視線に気付いた華ちゃんは、やあねえ、と手を振った。
「私は正直、真剣に参加してなかったからね。絵よりもこっち派よ」
筆を持ち上げてみせると、ポタリと墨が落ちた。
「泣いてる女子も何人か、まあ、いたわ。キレてる奴もいたかな。私に言わせりゃ、なに言ってんだかって感じだったけどね」
ん、それは、どういう意味だろう。と思ったけれど華ちゃんの話は止まらなかった。
「塔はね、文化祭の前日に組み上げてさ、もう完成してて、壊されたのもたぶんその日なんだろうね」
「どうしてそう思うの?」
華ちゃんの筆は空を描いたけれど、そのまま
「残骸がさ、次の日にはもう片付けられてたんだよ」
筆を置いた華ちゃんは言う。残骸と書こうとしたけど漢字が分からなかったのかな。
「だれが片付けたの?」
と訊いてみる。
「先生らしいね。私たちはみんな、塔を完成させた後は帰ったからさ。教室の端の方に、先生がとりあえずだけどまとめてくれてたみたい」
そう、壊れた塔を発見したのは先生なのね。文化祭前日の夜遅くか、当日の早朝か。いずれにしても生徒のいない時間帯に、塔は壊された(華ちゃんも言うのだから)んだ。
ハハと、華ちゃんはカラ笑い気味に自嘲し、
「まあ、それはもう、ビリビリに破かれてたね」
とつぶやいた。
悲しいとも、悔しいとも、それをどんな気持ちで言っているのか、わたしには分からない。
「ビリビリなんだね」
ただの相槌だけど、華ちゃんはどうやら質問にとったようだ。
「ビリビリというか、バラバラ? 滲んでるとこもあったな。何だろ、ふやけてから破けたみたいな?」
ふやけて……ね、なにかで濡れたのかな。つまりその塔は、倒れて、破かれて、ふやけてたんだね。
なんだかそれは、守屋くんの説明を思い出すな。嬉々として説明してくれた、『三匹のカマイタチ』の行動に似ている気がする。
えっとなんだっけ。
ひとりが転がし、ひとりが切りつけ、ひとりが治すだったかな? 軟膏を塗って治すそうだから、たぶん濡れてふやけるのかな。
ふーん、なるほど。
「それでカマイタチの仕業って噂になってるのね」
「やっぱりそう訊いたのか」
と言う華ちゃんに驚いた。
その言い方はまるで犯人を、誰が塔を壊したのかを知っているひとの言い方だよね。だから、訊く。
「ちがうの?」
「ちがうよ、ネコだから」
「ネコ」
──にゃあ?
戸惑うわたしを見て、華ちゃんは口の端をゆっくりと持ち上げた。
「美保ちゃん目が点になってる」
「点にもなるよ」
ネコが犯人だと言われたら、ね。わたしの様子を楽しんだのか、フフと笑い、華ちゃんは筆をとった。
「どこからかネコが校舎に潜り込んでたみたいだよ。先生がそう言ってた。そいつの仕業なんだろうね」
筆は淀みなくスラスラと動く。ふむ、ネコね。ネコが塔を倒し、引き裂いて、おしっこでもしたのかな?
「カマイタチの正体はネコだったの?」
「だろうね」
と差し出された半紙には、『枯れ尾花』と書かれていた。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、ね。んー、妖怪の正体、かな?
でもわたしは、そんな枯れ尾花にもすこし心あたりがあった。守屋くんがネコに餌をあげていたという、摩訶不思議な話があったものね。
やっぱり関係あるのかな?
ネコは守屋くんがけしかけたの?
でも、それじゃあ。みんなの合作を壊したのは守屋くんだということになってしまう。そんなこと、守屋くんがするとも思えないよ。
華ちゃんにお礼を述べ、わたしは書道部を後にした。
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