第122話 (守屋)近付く人影
──♧09
目撃者はテニス部なのか。
それ以上は先生もなにも言わず、代わりに、
「くれぐれも内密に頼むで」
と、何度も釘を刺された。
訊くことは聞けた、かな。さて、職員室をあとにしようかなと思っていると、なにやら様子が騒がしい。聴き覚えのある声がした。
「はあーなあーしてーですのおお」
うん、大矢さんだと思ってたよ。知ってた、知ってた。
どうやら大矢さんは、ほかの先生に捕まったようだね。腕を掴まれ、先生の席へと連れて行かれようとしている。いったい何をしたのか、それとも、何をしなかったのか。
分からないながらも、分かることがひとつだけある。悪いのは大矢さんだ、間違いないね。
「ひとを呼びますわよー!」
必死に抵抗する大矢さんの声に、まわりの先生方もクスクスと笑いをこぼしている。大矢さん、職員室でいくらひとを呼ぼうとも、寄ってくるのは全員、『先生』なんだよ。
大矢さんの味方は、どうも居なさそうだね。
「失礼しました」
と職員室のドアを閉めて数分、大矢さんが息も絶え絶えに這い出てきた。手には数枚のプリントを持たされている。少しやつれただろうか。
「なして助げでぐれねぁーのだが」
「うん?」
お嬢様はお疲れのようだね。徐々に元気を取り戻していくと同時に、ぷりぷりと怒り始める。まずいね。よし、話を逸らそう。
「目撃者がわかったよ」
「守屋さんじゃなかったんですの!?」
驚く大矢さんに驚いた。まだ信じていたのか、じつに素直だな。疑ってかかる探偵とは真逆の存在だね。
「あれは嘘だよ。先生が言うには、テニス部のだれか、らしい」
「だれかでは困りますわね。わかりましたの。ローラー作戦でまいりましょう」
腕をぶんぶんと回して意気込む大矢さんは、無関係なひとをいったい何人巻き込む気なんだろうか。
「大丈夫、向こうから来てくれると思うよ。外に出て待ってみようか」
外履きに履き替えて、外側から職員室がみえる場所で待ってみる。遠目にテニスコートが見えた。部活動中らしく、何人かの生徒がコート上で打ち合っているようだが、だれもこちらに来る気配はない。
「本当にやって来ますの?」
「と思うんだけどね」
「そうなんですの?」
と不思議な顔で見つめられる。
先生が目撃者の名前でなく、『テニス部』だと言ったのは、単純に知らなかったからだと思う。ひとの紹介をする時に、名前よりも部活名をさきに使うことはあまりない。
そして顧問でもないかぎり、生徒がどの部活に入っているかは知らないものだと思う。名前も知らない生徒の部活を知っていたのはなぜか。
きっと目撃者はラケットを持ったまま、あわてて職員室に来たのだ。加えて職員室の窓ガラスは内に向かって破片が落ちていた。
それらから推理すると、『目撃したのは部活中で、窓ガラスが見える外から目撃した』ことになる。
そして部活中のテニス部員が、テニスコートから遠く離れた職員室の前にいた理由とくれば、
「おっ、来たよ。特大ホームラン」
大きく弧を描きながらテニスボールがテンテンと転がってきた。
そのボールを追い、ひとりの男子生徒がやってくる。昨日も飛ばしたのだろう。一日経つけど、そこまで上達はできなかったようだね。
ゆっくりと近付いて声をかけた。
「こんにちは」
知らない顔だ、下級生だろうか。大矢さんをちらと振り向いても、首を横に振られた。
「あなたが目撃者なのですわね。正直に白状なさいな!」
うん、訊きたいのはそれなんだけど。なんというか、うん。
「なんですか、あなた達は」
そうなるよね。
逸る大矢さんを抑えつけ、話せる事情を話した。ぼくらも生徒会長を見たんだと言ったところで、秘密を共有する者同士だと、安心してもらえたようだった。
いま分かっている事をそれとなく確認していくと、ひとつ、ぼくの知らない事を知っていた。
「ガラスに何かぶつかる音がしたんだ? 二回も?」
「ええ、ボールが中々見つからなくてウロウロしていたら、『ピシッ』と聴こえて、しばらく経ってから今度は、『ガシャーン』と大きな音がしたんです」
二回か……。あごに手をやり、思案する。
「それで走っていく生徒会長が見えたんです、……ってあなた達も見たんですよね?」
「うん、でもぼくらは遠かったからね。音までは聞こえなかったよ」
納得したようにその男子生徒は頷いた。たぶんぼくらはその時、音も届かない遠くはなれた教室にいた気がするね。
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