第121話 (守屋)意外な目撃者
──♧08
ガラガラと引き戸をスライドさせて、職員室の中をのぞき見る。先生達の視線が集まる中、割れたであろう窓はすぐにそれとわかった。
ズンズンとそれに近付いてみる。
制止はかけられなかった。きっとだれか目当ての先生めがけて歩き始めたと思われたのだろうね。先生達の視線も自然と外れていく。
職員室の奥のいちばん右端の窓。
割れた箇所は大きなダンボールで蓋をされて、緑の養生テープでペタペタと貼り付けられていた。もう応急処置済みなんだね。
どのくらい割れたのかは確認のしようがないけれど、せいぜいが窓一枚か、二枚分くらいだろうか。床にはブルーシートが敷かれていて、その周りをぐるりとロープで囲って、立入禁止としているようだった。
ガラスの破片が飛び散っていたりでもするのだろうか。
くわしく調べてみようとすると、
「まだ破片があるかも知らんから、近寄ったらあかん」
と土師先生が慌てて寄ってきた。
どうやら時間切れのようだね。
土師先生はがっしと腕を組み、あきれた声で嘆く。
「守屋。まさか職員室に来といて、先生を素通りしていく奴がおるとは思わんかったわ。先生は悲しいで」
「すいません、物珍しさについつい惹かれました」
ハハハと頭を掻いてごまかしていると、きろりと鋭い視線で射すくめられた。
「守屋と大矢か……。また変なことに首つっこむ気ちゃうやろな?」
──残念、ごまかしきれず。
大矢さんはというと、周囲を警戒しすぎて中腰になっていた。その内にだれかの視線を感じたのだろう、机の影にそっと身を潜めている。
「何やってんねん、大矢」
「どうぞ、お気になさらずですの」
土師先生も苦笑している。人気者は中々どうして大変そうだな。
「そんで、お前らはなんの用で来たんや」
「先生に話があって来ました」
「なんや、話って」
なんだろうね。言って考える。
窓ガラスを見に来ただけなので、用はもう済んだとも言える。ただ、そう言えば怒られるだろうから、口からでまかせが出たに過ぎない。
目撃者を教えて欲しいといえば、教えて欲しいけれどそれも難しい。どうにかして、うっかりと口を滑らせてはもらえないものだろうか。
「その、──ぼくは見ました」
「なにを見たんや?」
イチかバチか、これは賭けだな。
「窓ガラスを割った人影をです」
先生の眉がピクリと動き、
「そうだったんですの!?」
と大矢さんが驚きの声をあげる。
話を合わせてほしいものだね。
「見たのは、ぼくだけです」
という言葉をどこまで信じてくれるのだろうか。
先生はすこし小難しい顔をして、何やら口をモゴモゴとさせてから、
「守屋、ちょっとこっちおいで」
小声で手招きする。
ひとけの少ない隅に誘われて、
「だれを見たんや」
と落とした声で
「生徒会長によく似ていました」
メタ推理に近いね。
『学校側が判断したこと』に合わせた発言だから、意見が合わないはずがない。逆算からくる発言だね。鬼柳ちゃんにはまた呆れられそうだけど、『目撃者になる』。
意外に上手い手じゃなかろうか。
先生は深く長いため息をついた。ひときわ声を低く落とし、真剣な眼差しを向け、有無を言わさぬ態度で物申す。
「黙っといたってくれへんか? 穏便に事故で済ます事になってるんや」
「はい、それは構いませんけど。──先生は知っていたんですね」
下手にごまかすと裏目に出ると判断してくれたのか、渋々といった様子で話してくれた。
「ほかにも、見たいうてる奴がおったからな」
「ぼくの他にもいたんですね。誰なんです?」
先生の目元のシワが深くなった。
「まさか、それを訊きにきたんやないやろな?」
ドキッ。鋭い。さすがは大人だ。見透かされているのかな?
「そんなん訊いてどないすんねん」
「そうですよね」
愛想笑いするぼくに、黙っときやと前置きしてから、
「テニス部の生徒やったんちゃうかな」
そう教えてくれた。
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