第120話 (守屋)野次馬と人気者
──♧07
狭間に揺れる乙女心。
信頼と好奇心を天秤にかけ、苦渋の選択の末、涙ながらにその決断を下す──。
「守屋さん、遅いのですわ。こっち、ほら、こっちですのよ」
──までも、なかったようだね。
大矢さんはセーラー服をひらひらとなびかせながら、はじける笑顔で駆けていく。そしてぼくを急かすために、大きく手を振っていた。
いるかもしれない目撃者を探そうという提案は、ふたつ返事であっさりと返され、ぼくらは教室を飛び出していた。
大矢さん
「守屋さんを見張りながらの調査なので、問題はないのですわ」
との事らしい。
鬼柳ちゃんや。大矢さんに保護者役はまだ早かったようだよと、心の中でほくそ笑んでおく事としよう。それはもう、しめしめとね。
「はやく、はやくですわ」
とせっつかれながらもトボトボと歩き続け、ぼくらの目指す職員室が見えてきた。
「ところで守屋さん。なんで職員室に行くんですの?」
目的地に着いてから確認をとるのが、如何にも大矢さんらしくて、ついついと微笑んでしまう。
「探偵はね、
言いながら、現場百遍は探偵ではなく、刑事の鉄則だったなと思い返していた。
「なるほど、それもそうですわね」
うんうんと頷く。案外、適当な理由でも納得してくれるものだね。
本当の理由は、ただ野次馬根性を出してみただけだった。窓ガラスの割れた職員室という異質な光景を、ひと目みてみたかったんだよね。
目撃者探しは、まあ、物見遊山のあとでもいいかな。なにしろ手がかりはもう、この手の中にあるのだから。
ぼくは、『目撃者が誰なのかは知らないけれど目撃者を知っているひとを知っているひと』だ。まるで回文だね、もしくは怪文だろうか。
目撃者がいるのか、いないのか。
ぼくは、『いる』と確信しているし、もちろん理由もある。
古越さんが自ら犯人だと名乗り出たとして、さて、先生はその話を
鬼柳ちゃんは生徒会長を、『そんな事をするひとじゃない』と言い、その弟を知る大矢さんは、『弟が犯人の方が納得できる。きっとかばっているにちがいない』と言う。
だけど、どちらの生徒も把握しているはずの先生達が、一日を待たずして処罰を下したのだとしたら。古越さんの自白だけでは、きっとそこまでは至らなかったはずだ。
自白の裏付け、確認がとれていると考えて、まず間違いないだろう。じゃあ、先生達はどうやって確認をとったというのだろうか。
答えは簡単。
『目撃者がいた』以外は考えにくいだろうね。つまるところ、目撃者は探さなくてもいいのだ。
目撃者がだれなのかは、先生がすでに知っているのだから。
ただ問題は、どうやって先生から訊き出すのかだよね。先生は今回のことを事故だと言っていたから、とても話してくれるとは思えない。
どうしたものか。
いつのまにか大矢さんは職員室のドアに手をかけながら、くるりとふり返っていた。
「行きますわよ。生徒会長の無実の罪を晴らしますのですわ」
無実の罪ねえ……。
実はぼくは、古越さんが犯人でもおかしくないと思っている。ぼくの知る古越さんは、感情そのままを表に出す、苛烈なひとだったから。
昔のことだから、今はちがうのかもしれないけどね。もうすっかりと大人になったというのだろうか。
物思いに耽っていたけれど、一向に職員室のドアが開かないので、ふと我にかえった。
「どうしたの? カギでも掛かっているのかい?」
ドアに手をかけたままで大矢さんは身じろぎもせずに、一進一退を繰り返しているように見えた。
「やはりここは、殿方におまかせいたしますわ。ホホホホ」
お嬢様は口に手を添え、おしとやかに笑いながら、ぼくの背後へススっとまわった。いや、隠れた?
「職員室にトラウマでもあるのかい?」
「わたくしともなると、先生方に人気がありますのよ」
どういう意味で人気があるのかは、言わずもがなだね。
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