第119話 (守屋)子どもの理屈

──♧06


「ヘクシュン」


 くしゃみが出た。


「どこかで、かわいい女の子がぼくの噂をしているみたいだね」


「くしゃみひとつくらいで大袈裟ですわよ。守屋さんは、ほーんっとに幸せな方ですのね」


 大矢さんはあきれた視線を向けてきた。ぼくのとなりの席、つまりは鬼柳ちゃんの机から。鬼柳ちゃんが教室を出ていったあと、大矢さんもすぐに去るのだろうと思っていた。


 が、秀吉よろしく鬼柳ちゃんの席を温めているのか、彼女の帰りを待つようだった。見上げた師弟愛だ。


 師弟になれたのかはまだ訊いてないけれど、師弟でなければ兄弟分かな。まさか恋人ではないだろう、と思いたいところだけどね。


 まあ、何にせよ。強いつながりがあるのだろう。つながりがあるのはいい事だよ。大事にしないとね。


 さて、と。


 じゃあ、つながりのないぼくは退散するとしようかな。と思い、席を立ったら大矢さんも立ち上がった。


 おや、と思い、座り直してみる。


 大矢さんも座り直す。ふたたび立ち上がると、また立ち上がった。


「もう、なんなのですわ」


 ぼくのセリフなんだけどな。


「どういうつもりだい、大矢さん」


 大矢さんは、ふふんと大きく背を反らし、胸を張る。はて、これはセクシーアピールなのだろうか。とてもいいものをお持ちだ。


「わたくし、おねえさまに頼まれてますのよ」


 意気揚々とそう述べるけれど、とくに羨ましいとは思わない。そういえば、鬼柳ちゃんが教室を出る前になにやら耳打ちをしていたような。


「なにを頼まれたんだい?」


「『守屋くんが悪さをしないように見張っておいて』と言われましたの」


「ぼくは小さな子どもか!」


 どうやらぼくと大矢さんも、つながりがあったようだね。『保護者』と『監視対象』。まあ、色気のないこと、ないこと。まったく、嬉しくないつながりもあったものだね。


「みほ先輩が戻ってくるまで、大人しくしてて欲しいですわ」


 大矢さんは憤るけれど、それは保護者の理屈だよね。子どもには、子どもなりの理屈というものがある。


 主に退屈だ、から始まる理由もしっかりとあるんだよ。


 さて、鬼柳ちゃんは上手く生徒会長から話を訊けているのだろうか。生徒会長か……。まさか古越芽生さんがしているとは思わなかったな。


 鬼柳ちゃんは、『知らないの?』みたいな顔をしていたけれど、ぼくが知らなかったのは、彼女が生徒会長をしていた事だけなんだよね。


 古越さんの事は知っていたんだ。もちろん、弟さんの事もね。忘れるはずがないじゃないか。


 なぜなら彼女は、ぼくの初めての相手なのだから──。


「聞いてますの? 守屋さん」


 肩をツンツンと小突かれ、怪訝な面持ちの大矢さんに引き戻された。


「ん、聞いてないよ。どうしたの?」


「もう、失礼にも程がありますわ。守屋さんはこの、『職員室、襲撃事件』をどう思いますの?」


「事件名がつくと、急に物騒になったなあと思ったよ」


 ハハハと笑い、苦い顔になった大矢さんから文句が飛んでくる前に、つぎの言葉を放つ。


「真偽はともかく、進展が早すぎるとぼくは思うね」


「と言いますと?」


 ずいっと身を乗り出してきた大矢さんに、まるで秘密を打ち明けるかのように声を落として説明する。


「いいかい、考えてもごらんよ。職員室の窓ガラスが、今日の朝にはもう割れていたんだ」


「……ですわね?」


 どうも分かっていないような顔だね。もうすこし噛み砕こうか。


「昨日は話題にもなってなかったよね。となると、窓が割れたのはせいぜい、生徒が帰り始めた昨日の夕方ごろから、今日の朝までということになるよね?」


「ですわね」


「そして朝のHRにはもう、生徒会長の交代が決まっていた。ふたつの事柄が本当に関係あるとするのなら」


 逡巡、すこし間を置き、

「犯人の特定が早すぎ、ますのね」

 どうやら、追いついたようだね。


「そう、早すぎるんだ。名探偵でもいるなら話は別だけどね。ぼくの知ってる名探偵は、あいにくとまだ調査中なんだよね」


「わたくしもまだ、犯人さんを指差していませんものね」


 ああ、大矢さん自身も名探偵のくくりに入っているんだね。


「すると、なぜ犯人が特定できたのか、だよ。生徒会長が名乗り出たのか、それとも──」


「──目撃者がいたかもしれない、のですわね?」


 大仰に頷き、ひとつ提案をする。


「探してみないかい? 目撃者を」


 ぼくがこんな提案をする理由は実にシンプルだった。ただじっと待ってるのは、退屈だからね。

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