第118話 (鬼柳)守屋くんのせい

──♡05


「うん。うちの先生、ちょっとおしゃべりだから」


「土師先生だね?」


 お互い苦笑いする内に、本当におかしくなってきて笑いあった。『おしゃべり』ですぐに名前の出てくる先生は、さあ、どうなのかな。


「理由は、なんか言ってた?」


 そのままの調子で訊かれたので、

「ううん、家庭の事情ってだけ」

 と答える。


「そう」


「大丈夫なの?」


「まあ、ね。どうして?」


「引っ越しとか、なのかなって」


 言いながら、引っ越しではないと分かっていた。明日、生徒会長交代の挨拶があるのだ。前もって分かっている事は理由にはならないよね。


 先生の言葉を思い返してみても、あの口ぶりだもの。急に決まった内容を伝えていたとしか思えない。


 突発で、打ち付けで、出し抜けな事が、古越さんの身に起きたのだ。例えば職員室のガラスが割れたり、例えば犯人です、と名乗りでたり。


 古越さんはほんのりと意外そうな顔をみせたけれど、すぐに破顔し、

「引っ越さないよ。それで心配して来てくれたんだ。ありがとうね」

 そう言って柔和な笑顔をみせた。


 お礼を言われちゃった。すこし後ろめたく感じちゃうな。ごめんね、と心のなかで謝っておこう。


「そう。なら、良かった」

 と伝え、さあ、どう切り出そうかなと頭を悩ませていると、古越さん自らが呼び水となってくれた。


「どうしたの?」


「ううん、良かったなと思って」


「ん?」


「良くない噂も聞いてたから、ね」


 はたと動きは止まり、打って変わって真剣な表情になった。低い声で真偽を問い正してくる。


「どんな噂だった?」

 

「職員室の窓ガラスが割れた事と関係あるのかな、とか」


 まじまじと上から下まで姿を見られる。なんだろう、ソワソワとして落ち着かない気持ちになった。


「ふーん。それで、『探偵さん』が調べにきたってわけか」


「え゛」


 変な声がでた。


「知ってるよ。鬼柳さん、活躍してるみたいじゃない」


「なっ!?」


 顔が熱い。


 真っ赤になったんじゃないかと思い、両手で顔を覆う。ふふと古越さんは口の端をゆっくりと持ち上げ、胸に手を当て、得意げに言い放つ。


「鬼柳さんは知らないかもしれないけど、私ここで生徒会長やってるんだ。学内の事は詳しいつもり」


 そして彼女は胸から手を降ろし、大きなため息をついた。


「でもそっか、バレちゃったか。探偵さんは凄いんだね。まあ、先生にはもう言ってることだからね、白状するよ。ガラスは私が割ったんだ」


 古越さんはあっさりと自分の罪を認めた。それはあきらめなのかな、隠すような事でもないのかな。


「生徒会長も、本当はクビなんだ」


 首の前で手を横にスッと引くフリをし、困ったような顔で微笑む。


「なんでそんなこと、本当なの?」


「んー、ストレス……。溜まってたのかな。キレちゃって、こう、ガツンとね」


 腕を振り、何かを投げるフリをしてみせた。ガラスはそうやって割ったというアピールなのかな。


「わたしは、古越さんはそんな事をするひとじゃないと思ってる」


 ふたりの視線はからみ合ったけれど、すぐに逸らされてしまった。


「ありがとう、でいいのかな。でもさ。ひとなんて案外、なに考えてるか分からないもんだよ」


 薄く微笑んではいたけれど、淋しそうな、どこか暗い顔をしているようにみえた気がした。


「誰かをかばってたりしない?」


 逸した視線をふたたび交わし、

「彼氏とか?」

 と訊き返してきた。


「いるの!?」


 思わず大きな声になる。


 古越さんは、あははと愉快そうに笑いだした。ああ、わたし、からかわれたんだ。


「いないいない。鬼柳さん、ウブだね。かわいい」


 その言葉にすこしムッとしながら言う。


「じゃあ弟さんとか」


「へぇ、調べて来てるんだね。でもないよ。あんなヤツ、私がかばうわけないじゃない。知ってる? 乱暴者の問題児なんだよ」


 恵海ちゃんもそう言っていたな。でもこれで分かった。同じ名字の男の子。乱暴なその子は、やっぱり弟さんだったのね。


「弟のせいで、どれだけ私が迷惑してきたか。分かる?」

 と古越さんは冷たく言い放つ。


 でも、と反論しようとしたら、

「鬼柳さん本当に探偵みたいなんだね。前からそんな風だったっけ?」

 と先に言われた。


「それは、守屋くんが──」


 しまったと思った。名を出すなと言われていたんだ。


「……守屋?」


 誤魔化せそうもない。


「……守屋呈くん」


「なにアンタ、アイツの友達?」


 一変した。声は刺々しく、態度は荒々しく。しかもアンタって……。


 本当にいったい何をしたのよ、守屋くん。ああ、これで古越さんにどのコンディショナーを使ってるのか訊けなくなっちゃったじゃないの。


 ぜんぶ守屋くんのせいだからね。

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