第117話 (鬼柳)何もしてない人の忠告
──♡04
こうなった恵海ちゃんはどうにも止まりそうにないものね。このままだときっと暴走してしまう、かな? それはもう派手に騒ぎ立て、もっと良くない事態にまで発展してしまいそうな、そんな波乱の予感がする。
──しかたないよね?
「落ち着いて、恵海ちゃん」
と振りあげた拳を下ろさせた。
それを合意とみたのかな。目はちらちらと私をうかがい、ウズウズとその時を待ち望んでいるみたいだ。まるでお預けをくらったワンちゃんみたいで、とてもかわいらしい。
「わかったわ、まずは確認してくるから。わたしにまかせて、ね?」
だから、こう言ったときの恵海ちゃんの落ち込みようは余計にかわいらしくみえた。力なくしおれる耳と尻尾がみえた気さえする。
「……お願いしますわ」
しぼり出した声があまりに頼りなく、儚げだったので思わず苦笑いしてしまう。
──短く息をつく。話を訊くなら早いほうがいいかな。まだ放課後になって間もないから、いまなら古越さんも教室に残ってるかもしれないと思い、席を立つ。一歩を踏み出そうとした時にふと違和感を感じて、あれ、と思ってふり返る。
拍子抜けしてしまった。
席を立っていたのが、わたしだけだったから。たしかに恵海ちゃんには待っててと言ったけれど、守屋くんも席についたままで動きだそうとする気配はなかった。
「ん、どうしたの?」
と、わたしの視線に気付いた守屋くんは訊いてくる。
付いてきてと言った覚えはないけれど、いつも通り付いてくるものだと思っていた。むしろ、いままでなら率先して顔を出し、わたしを焚きつけるのが常のはずなのに。
「守屋くんは来ないの?」
「なんだい、ぼくに付いてきてほしいのかい?」
にへらと笑いながら言うその姿をきろりと睨みつける。
恵海ちゃんは口に手を当て、
「まあ」
と淡い視線を向けるけれど、守屋くんはそういうひとではない。こういう恥ずかしいセリフを言うときは、煙に巻こうと、何かを隠そうとしている、と決まっているのだ。
……あやしい。じっと見つめていると観念したのか、肩をすくめた。
「やめとくとしようかな。古越さんに会いにいくんだよね? なら、ぼくはいない方がいいと思うな」
やっぱり、と額に手を当て訊く。
「守屋くん、古越さんにいったい何をやったの?」
「ナニモシテナイヨ」
どうだか。
でもどうやら、これ以上は説明する気もなさそうね。不審に思ったので恵海ちゃんにこっそりと耳打ちをしておく。あきらめてひとりで向かおうとしたら、忠告だとばかりに背に向かって声をかけてきた。
「大丈夫だとは思うけど、話を訊きたいのならぼくの名前は出さない方が賢明だよ」
いったい何をやったのよ、何を。
ちらとふり返ってみると、その口もとには笑みが含まれていた。
ふたつ隣のクラスを覗いて、古越さんの姿を探してみても残念ながら見つからない。友達がまだ残っていたから、どこに行ったのか知らないと訊いてみると、生徒会室じゃないのと言われたので向かってみる。
明日で交代だから引き継ぎでもあるのかな、と思ったけれどちがったみたいね。生徒会室にはひとり、古越芽生さんがいるだけだったから。
友達というわけではないけれど、何度か話したことはあったからためらわずに声をかけた。
「古越さん、いま大丈夫?」
「お、鬼柳さん。いいわよ、どうかした?」
うっ、と言葉に詰まる。名字呼びはやっぱり嫌いだなあ。大体かわいくないよ。なんで鬼なの……。
「?」
わたしの葛藤を知るはずもなく、古越さんは笑顔で首をかしげる。さらさらと髪が流れた。ツヤツヤとしたきれいな髪をしているの、羨ましいな。コンディショナーは何を使っているのだろう。
おっと、そんな事をしに来た訳ではなかったよね(あとで訊こう)と首を振る。
「何してたの?」
「うん、ちょっとね。見ておきたくなって」
そう微笑む姿はすこし寂しそうにみえた。
「聞いたよ。生徒会長やめちゃうの?」
くわっと大きく開かれた瞳はすぐに元の大きさに戻ってしまった。
「早いね、もう聞いたんだ」
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