第116話 (鬼柳)恵海という女の子

──♡03


 恵海ちゃんの事は信用しているけれど、それでも確かめておかないといけないことがある。彼女の言う、『野蛮人とクレイジー』について。


 中肉中背で、すこしヒョロっとしている守屋くんは、ケンカならわたしでも勝てそうな気がする。物腰はとても柔らかく、飄々ひょうひょうとしていて、わたしはまだ彼が怒っている所を見たことがなかった(おちゃらけているのはよく見る)。


 恵海ちゃんはかつてそんな守屋くんを取って、『野蛮』でクレイジーと評した事があったくらいだもの(野蛮はちがうよね)。


 だから、その男の子がどれくらい野蛮なのかは訊いておかないとダメかなと思う。


「その男の子に何かされたの?」


 シュッシュッと恵海ちゃんは握りこぶしを作り、前に突き出した。その拳はなぜだか守屋くんの元へと向かい、そんな彼は頭を抱え、情けない声を出している。


「あぶっ、あぶなっ、当たる!」


 楽しくなってきたのかな?


 恵海ちゃんは動きを止めないままで話し始めた。


「クラスメイトと、殴り合っているのを、何回も、見ましたの。いえ、あれはもう、一方的でしたわ」


「強いのね?」


 わたしがそう言うとピタリと動きは止まり、すこし考えてから眉を寄せて、にがにがしい顔をみせた。


「強いというか。乱暴というか。やっぱり野蛮人ですわ」

 

 拳から解放された守屋くんは、

「大矢さんよりも野蛮なのかい?」

 と憎まれ口を叩く。


 ふたたび拳はシュッシュッと唸り、今度は『いたい』と聞こえてきた。……何をやっているんだか。


 ほほを打った拳をプラプラとさせながら、気分よさげに恵海ちゃんは戻ってきた。悠々と勝者が前の席へと着くかたわらに、机に倒れこんでいる守屋くんの姿があった。


「学校の備品もよく壊しますの。何度も先生に注意されてましてよ。窓ガラスだって、彼が割ったという方がしっくりとくるぐらい──」


 はたと言葉が消えた。恵海ちゃんは自分の言葉に引っかかりを感じているのかな。小首を傾げてブツブツとさっきの言葉を繰り返している。


 推理にはひらめきが必要なんだと思う。ひとつひとつのヒントを紐解いていく方法もあるのだろうけど、わたしの場合はすこしちがう。


 ある時、突然ぱっとひらめくの。今まで集めていたバラバラのヒントがいきなり全てひとつに繋がる。それはもう説明もはばかられる程に。


 わたしはそれを、『女の勘』と呼んだ。守屋くんに笑われてからは言わないようにしてきた言葉だけど。


 でもこの瞬間、ハッとした顔をする恵海ちゃんは、『女の勘』が働いたと呼ぶのにふさわしいと思った。


「分かりましたの!」


 きらきらと光を宿した瞳は、自分の推理に自信をもっている証だね。いつのまにか守屋くんもむくりと起き上がり、のほほんとした表情で耳を傾けていた。


「野蛮人の彼は、生徒会長の弟だったのですわ。そして、窓を割ったのもやっぱり彼ですのよ。生徒会長はただ弟をかばっているだけですわ」


「おお、すごい。まともな推理だ」


「守屋さんはやっぱり、失礼な方ですのね」


 驚きの声をあげた守屋くんにつっけんどんに言ったあと、

「カマイタチの仕業かどうか、悩みましたけれども」

 ちいさくつぶやくのが聞こえた。


 恵海ちゃんの推理に不自然な所は見当たらない。お話の筋は通っていると思うな。そしてその通りなら、古越さんが窓ガラスを割ったこととなり、生徒会長を辞めることになったというお話にも繋がっていく。


 すっくと立ち上がり、恵海ちゃんは勢い込んで言う。その顔は正義はわれにありと、信じて疑わない表情にみえた。


「生徒会長に罪はありませんわ。あの野蛮人に濡れ衣を着せられていますのよ。なんてひどい奴ですの。早くお助けしませんと」


 その言葉は、わたしに向けられていた。わたしも生徒会長が犯人ではないと思う。でも、あんまり気が進まないな。ノリ気ではなかった。


「助けるって……」


「罪はちゃんと本人が被るものですわよ。あの野蛮人に正義の鉄槌を。神の審判を。ジャッジメントですのよ」


 その拳は高々と掲げられていた。

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