第114話 (鬼柳)守屋という男の子

──♡01


 どこを見るでもなくそらを眺め、守屋くんはボーッとなにかを考え始めたようだった。おそらくは小学生時代(栄光の日々らしい)を思い返して、考えを巡らせているのだと思う。


 ──あやしい。


 守屋くんはお父さんとの間に色々あってショックを受けてから、探偵としてではなく黒幕として事件や謎に関わっている、みたい(いまだに認めない)。


 なにを考えているのかよく分からない男の子だけど、最近すこし分かってきたこともある。どこか口もとに笑みを含んでいる時は何かを企んでいる時で、大体いつも口もとに笑みを含んでいる。


 そして笑いながらわたしに言うのだ、『鬼柳ちゃん、事件だよ』と。


 油断のならない男の子だ。


 それでも悪事というほどの悪事をするわけでもなくて、結果としては誰かが助かっている事も多い。むしろ、やっている事は正義のヒーロー(正義なのかな?)のようにも思える。言えば大笑いして、ふざけながら喜びそうだから、わたしから言うつもりはない。


 このカマイタチの話も守屋くんは知らないと言うけれど、うわさは彼の母校で起こり、彼と同学年のクラスで、その塔は破壊されていたようだ。本当にただの偶然なのかな。


 あんなにノリノリで、うきうきとカマイタチの説明をしてくれていたのに、今はシュンと大人しく(それ自体めずらしい)しているのも気になる。恵海ちゃんが文化祭の話をしだしてから、かな?


 ジロリと守屋くんを見ていると視線を感じたのか、口もとがにへらと緩み、困ったように笑った。


「それで、ですわね」


 恵海ちゃんが話を続けようとしたら、教室のドアがガラッと乱暴に開いて、誰かが駆けながら飛び込んでくるのがみえた。


 あれは、小林くんかな?


 小林くんは、

「事件、事件」

 と大声で騒ぎながら、ひとを集め始める。


「何ですの?」

 と諸手を挙げて、いの一番に駆け寄っていったのは恵海ちゃんで、守屋くんも、

「なんだい、楽しそうだね」

 とあふれる笑みを溢しながら駆け寄っていく。


 まったく、このふたりは。


 ニコニコ、にやにやとしながら、ふたりはすぐに席へと戻ってきた。


「みほ先輩、事件ですの」


 寄ってくる恵海ちゃんに思わず身構えてしまう。手を掴まれるかと思うほどに近い。あ、やっぱり掴まれて、ぶんぶんと振り回された。


 恵海ちゃんはなにかとスキンシップが多くて、いまだにそこだけは慣れなかった。『助けてよ』と思い守屋くんに視線をおくると、わたしがスキンシップを苦手にしているのを知っているのに、うんうんと微笑みながら頷いている。


 あとで蹴飛ばしてやろうと思う。


「職員室に殴り込みがあったんですのよ」


「え」


 この学校にそこまでやんちゃな人はいないと思っていたけれど、わたしが知らないだけでこの学校って実は荒れてるの?


「殴り込みかあ、いいよね」


 何がいいのか。きろりと半笑いの顔を睨むと、なおさら笑いながら守屋くんは言う。


「まあ、まだ殴り込みかは分からないけどね。職員室の窓ガラスが割られているのが見えたそうだよ」


 なんだか楽しそうにしている。


「あとで覗きに行こう」

 と愉快そうに口ずさんでいるから無関係、なのかな?


 ガラスが割れてではなくて、割『ら』れてと言うからには事故ではなく、誰かの故意による行動、になるのかな?


 小林くんの努力の甲斐あって、教室内はざわざわと憶測が飛びはじめている。卒業生のお礼参りだとか、職員室であばれた人がいるだとか、スナイパーに狙われているんだよ、は守屋くんだけが言っていたな。


 そのうわさ話は、担任の土師先生が来るまでずっと続いていた。先生が来れば当然、うわさ話は終わる。


 ──はずもなかった。


 次々に質問が投げられる。最初こそ、まあまあと、宥めていた先生も次第に声を張り上げていた。


「やかましいな。事故や、言うてるやないか。それともなにか、この中に割った言う奴おるんか? おるなら話くらい聞いたるけど、おらんならもう終わり。この話はしまいや」


 強引に話を切り上げた先生は、まるで何でもないことのようにコソッと言った。


「明日ちょっと集会あるから、朝は体育館に集合や」


 何かあるんですかという声に、

「ちょっと生徒会長が家庭の事情でな。交代することになったから、それの挨拶やな」

 と返す先生はほんのすこし、いつもと違ってみえた気がする、かな。

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