第113話 (守屋)妖怪カマイタチ
──♧05
あまり乗り気ではなさそうな鬼柳ちゃんに代わり、ぼくが訊くことにした。多少は愉快そうに見えるのも仕方のないことだよ、鬼柳ちゃん。
「何の妖怪?」
大矢さんは嬉しそうに答える。
「カマイタチ、と言ってましたわ」
ヒュウ、と思わず口笛を吹きたくなってしまった。カマイタチと来たか、そいつはご機嫌だね。古来より伝わってきた日本の妖怪の中でも、なかなかに有名どころではないか。
「カマイタチ?」
小首を傾げる鬼柳ちゃんには馴染みがないのだろうか。待ってましたとばかりに、ぼくは得意げに講釈を垂れる。
「一説には真空が巻き起こす現象。一説では気化熱で起こる赤切れ。でもぼくが推すのはやっぱり、昔ながらの鎌を手足につけた三匹のイタチ説だね」
半ばあきれ顔の鬼柳ちゃんに向けて、身振り手振りも交えつつ、熱演しながら説明をつづける。
「ひとりが転がし、ひとりが切りつけ、ひとりが治す。見事なコンビネーション技だよね。最後のイタチが軟膏で治すから、切られた本人も気付かずに、血も流れでないんだよ」
なんの為にそんなことをするのかは不明な妖怪だ。そんな所がまた、ミステリアスで良いではないか。
「説明ありがと、好きなのね。守屋くんほど詳しくはないけど、聞いたことはあるよ。それで、そのカマイタチがどうして出たって思うの?」
ああ、それで小首を傾げていたのか。意気揚々と説明してしまったのが、すこし恥ずかしい。妖怪好きなことがバレてしまったね。
「クラスの子に訊きましたの。うわさ話として伝わっている、と。でも中に、ひとりいましたのよ。お兄さんが当事者だったと名乗る子が」
と前置きし、大矢さんはすこし前の昔話を語り始めた。
「小学校の文化祭でクラスの出し物に、こう──、大きな塔が作られたそうなんですわ」
どれくらい大きいのかを手振りで表す。腕をいっぱいに伸ばすのをみるに、かなり大きな物のようだ。
「塔……」
ぽつりと呟く。ひとり言のつもりだったが、質問にとられたようだ。
「太陽の塔をオマージュした物だったそうですの。そこにクラス全員が描いた絵を貼り付ける、共同作品になるはずでしたのよ」
「ならなかったのね?」
鬼柳ちゃんの質問にコクリと頷き、神妙な面持ちでささやいた。
「文化祭当日、その塔はビリビリに破壊されていましたの。その犯人が──」
大矢さんは、やはり良い趣味をしていると思う。
「──カマイタチなんですの」
と、それを言う彼女の顔は笑っていた。
不思議に面した時、恐れるでもなく、気味悪がるでもなく、興味を持つのともすこしちがう。笑う彼女は誰よりも探偵なのかもしれない。
「だれかが目撃したの?」
「そういうわけでは……、なさそうでしたわ。ただ、その小学校の卒業生はみんなカマイタチの仕業だと言って、うわさしてましたの」
少子化のあおりを受けてか、ぼくらの中学校は三校の小学校から卒業生が集まっていた。
「どこの小学校なの?」
「
ううん、と首を振り、
「わたしは学校がちがうわね」
とこちらを見る。
「守屋くんは?」
「ぼくの母校だね」
と肩をすくめたら、その大きな瞳でじっと見つめられた。
「そのうわさ、知ってたの?」
「いや。そんな面白そうなうわさは始めて聞いたね」
嘘ではなかった。
「でも、本当なのですわ」
と大矢さんは憤り、うーんと小首を傾げる。
「三年前ですので、守屋さんと同い年だと思いますわよ」
「そのうわさは知らないけど、塔が壊れたのは知ってる、かな」
気付けば鬼柳ちゃんの瞳はジト目になっていた。あわてて手を振る。
「いや、本当。本当。うわさは知らないし、塔の事も忘れてたんだよ」
顎に手をやり、昔を思い返す。
「塔は結局、展示されなかったはずだよ。たしかあれは──、塔に貼り付けるはずだった絵を教室に飾りなおして、お茶を濁したんじゃなかったかな」
そういえばあの日、烈火の如く怒り散らしてる子がいたような気がする。なんだ、彼女は妖怪相手に怒っていたんだね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます