第112話 (守屋)何か妖怪

──♧04

 ぼくとネコのほのぼのエピソードは、波乱こそ呼びはしたけれど、これといって咎められるようなことでもない。当然といえば、当然だね。


 年に何回と決めてはないけれど、ふと思い出した時にネコにエサをやりにいっていた。三年くらいは続いてるだろうか。もう、恒例行事みたいになっている。


 鬼柳ちゃんは怪訝けげんな眼差しをいつまでも向けていたけれど、推理するにしてもさすがに材料不足だろう。


「意外にネコ好きなんですわね」


 どこら辺が意外なのだろう。大矢さんの名推理に頷きながら、今度からは尾行にも気をつけようと、ぼくはひっそりと心に決めた。


 それから数日が経ち、そんなことがあったのも忘れていたある日、ぼくは朝から、『如何いかに、みほ先輩が素晴らしいか』を聞かされていた。


 相手はもちろん、大矢さんだ。


「ですから、おねえさまの目はあざむけないんですわよ。わたくし感激いたしましたの」


 興奮冷めやらぬ調子で大矢さんは言った。あのドラマの解決編が放送されて、おおむね鬼柳ちゃんの推理通りだったらしい。ぼくの推理でもあったことは、もう頭の片隅にも残ってはいなさそうだった。


 しかし、あの監督もやってくれたものだ。クライマックスでお婆さんが謎の秘薬を打ち、車イスから立ち上がるシーンは見物だった。鎌を振りまわしながら襲ってくる姿は、鬼気迫るものがあり、偽装工作の必要があったのかとすら悩んでしまう。


 ドラマの余韻にひたっていると、おねえさまの余韻にひたらされた。


「もうとにかくすごいんですのよ。おねえさまが主役をやっても遜色そんしょくないと、わたくし思いましてよ。守屋さんも思いますわよね? ね?」


 あまりに手放しで褒めるので、鬼柳ちゃんはとなりの席で、おさまりが悪そうに身を縮こまらせていた。いつもよりさらに小さく見える。


「うん。思う、思う。さすがは鬼柳ちゃんだよね。次週からは、『名探偵みほみほ』でいこうか。ぜひとも録画しときたいものだよ」


 きろりと目を剥く姿は、いつもと変わらずだった。


 なにか言いかけたみたいだけど、

「わたくしも見たいですわ、ですわ。いっそのこと、みほ先輩を主役に映画を作りませんこと?」

 と、はしゃぐ大矢さんにタジタジのご様子だった。


 さすがの鬼柳ちゃんも大矢さんには敵わないようだね。なんとか話題をそらすべく、舵を取ったようだ。


「次週は、学園を妖怪伝説が襲うみたい。楽しみね」


「妖怪……、楽しみですの。ロマンがありますわー」


 激しく同意だね。妖怪にはロマンが詰まっていると言える。やはり大矢さんは良い趣味をしているよ。


「あっ!」


 突然大きな声を出され、身体がビクリと震える。なにかを思い出したのだろうか、それとも妖怪にでも取り憑かれたのか。『あ』の口をしたまま固まっている大矢さんに訊く。


「どうしたんだい?」


 訊いたのはぼくだったが、返答は鬼柳ちゃんに届いた。


「みほ先輩に訊きたいお話がありましたの」


「ん、なあに?」


 予想だにしていなかったのか、すこしばかり身構えている。


「妖怪、妖怪ですの」


「そうね、次週は妖怪ね」


「ではなくて、妖怪って本当にいますの?」


 答えに困る質問だな。鬼柳ちゃんは困ったような視線をちらりとこちらに向けた。ぼくはそれを満面の笑みで返す。眉間にシワが寄るのがみえた。どうしてだろうか、面白くなりそうな話だというのに。


 だってそうじゃないか。


 訊くからには、きっといたのだろう。誰かが妖怪と思う、『何か』がなければこんな話はしないだろう。


「どうしてそんなこと訊くの?」


「出たらしいんですの、妖怪が。襲われたんだって言ってましたわ」


「誰が言ってたの?」


「クラスの皆さんでしてよ」


 クラスメイトとの交流が思わぬ形で実を結んだようだ。これもある意味、ぼくらの手柄だろうねと鬼柳ちゃんに親指を立てたら、その顔は。


 ──まるで、妖怪でも見たような顔をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る