第111話 (守屋)ありえない光景
──♧03
「恵海ちゃん、ありえない光景ってなにを見たの?」
「それはですわね」
と言いながら、ちらりとぼくを見る目がどこか笑っている。
なんだろう、ぼくの話なのか。いったいなにを見たというのか。なんとなくいやな予感がする。ぼくは見られたらまずいことだらけだった。身に覚えがありすぎる。
戦々恐々としながら大矢さんの話を聞くことには決めたけれど、身体はいつでも逃げれるようにと準備しておく。
「先週の日曜日のことですの。コンビニで立ち読みをしていますと、見慣れた人影がやって来ましたわ。守屋さんですのよ。そこでわたくしとっさに身を隠しましたの」
なんでだよ。
「それで、それで?」
と、鬼柳ちゃんは愉快そうに先を促す。
「隠れながらその様子をうかがっていましたら、お弁当となにかの缶詰めを買ってコンビニを後にしましたの。鼻歌まじりに、ご機嫌のご様子でしたわね」
それは別にいいだろう。
「あやしいわね」
小さな探偵は訝しむ。
あやしいものか。さては楽しんでるな。鬼柳ちゃんの反応に、大矢さんも嬉しそうに弾んだ声を出す。
「ですわ、ですわ。ですから、コッソリとあとをつけましたの」
何をしているのだ、何を。
「探偵みたいでとても楽しかったですわ」
そこには同意だ。でもそうだったのかと過去をふり返る。あの日ぼくは尾行されて見られていたのか。気付かないものだな。
探偵に憧れる大矢さんは、らしい行動が取れたのがよほど嬉しかったのか。瞳は輝きを帯び、生き生きとした表情で語った。
「わたくし始めて尾行というものをいたしましたの。いつおバレ遊ばすのかと思うとスリリングでしてよ。守屋さんはコンビニ袋を引っさげてトボトボと。それはもう、トボトボと歩いていきましたの」
そんなにトボトボだったかな。突然ビシッと指をさされ、得意気な顔で言われる。
「お気づきになりまして?」
「なりませんとも」
「ホーッホッホッホ」
と、ご機嫌そうに高笑う。
尾行を警戒する中学生なんて、そういないということは気付いているのだろうか。
「それで守屋くんはどこへ向かったの?」
はたと高笑うのをやめ、
「駅に向かっていましたのよ」
声を潜めながら答え、
「それはあやしいわね」
と、乙女達は訝しむ。
「鬼柳ちゃん、さすがにそれはどうなの」
どうやら冗談だったらしく。ふふと屈託もなく笑う。まったく、困ったものだね。
コホン、と咳ばらいをひとつ。気を取り直して大矢さんは言う。
「電車に乗るならまずいですわと、わたくしお財布とにらめっこをしていましたら、守屋さんはふらっと駅前の駐輪場に入っていかれましたのよ」
「ああ、あの無料スペースの」
中空に立地を思い描いているのか。視線が上を向いた鬼柳ちゃんにつられて、ぼくもぼんやりと眺める。
「あそこをすこし抜けた所。陰になってる場所に守屋さんは腰掛けましたの。そして缶詰めを開けて、地面に置くと──」
ひと呼吸つき、
「にゃあ」
と可愛らしく鳴いた。
「にゃあ?」
鬼柳ちゃんも鳴いた。
「ネコさんですの。何処からともなく集まってきましたネコさん達に、エサをあげてらしたのです」
ポカンと口を開き、驚いたままの表情で鬼柳ちゃんは言う。
「それは、──あやしいわね」
今度は本気で言っているようだった。
「でしょ? ありえない光景ですわよね」
言いたい放題だった。
休みの日にぼくが何をしていようと自由ではないか。尾行され、あまつさえ行動にダメ出しされる謂われはない。己の正当性を主張するため、ぼくは立ち上がった。
「知らなかったのかい? ぼくはネコをも愛する博愛主義者だったのだよ」
「言い方が嘘っぽいわ」
と鬼柳ちゃん。
「もう主義が変わったんですの?」
が大矢さん。
ぎゃふん。
「それで、守屋くんは何をしてたの?」
大きな瞳を大きく開いて訊いてくるが、見つめられても返す言葉に困ってしまう。
「ネコにエサをやっていたんだよ」
納得しかねるので再びこの言葉を贈る。
「ありえない事を省いていって最後に残った事がどれだけ信じられなくても、それが真実なんだよ」
しかし小さな探偵は、ホームズの言葉ですら疑っているようだった。
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