第110話 (守屋)ホームズの言葉

──♧02

「守屋さんもあのドラマをご覧になって。 あら、どうなさいまして?」


 すったもんだあったが、どうにか守屋さんに落ち着いてくれたようでなによりだった。危うくモリスに決まりかけた時はどうしたものかと、本気で焦りもしたけれど。


 本当に、本当になによりだ。


「守屋さんと呼ばれることがこんなにも幸せなことだなんて、思いもしなかったよ」


 両手を組んで、天に感謝を捧げる。


「大袈裟ですわね」


「もう、守屋くんはオーバーなんだから」


 誰のせいだ、誰の。


 そ知らぬ顔で言ってのけている鬼柳ちゃんも内心、ホッとしているにちがいない。みほみほ先輩はめでたくみほ先輩となり、ぼくはなぜか、先輩の称号を剥奪された。


 まあ、いいけどさ。と肩をすくめる。


「えっと、ドラマだったよね。見てるよ」


 イケメン俳優が演じる、天才新任教師が学園に蔓延はびこる闇を暴いていくという、どこかありがちな設定のドラマだった。奇想天外なとんでもトリックが多く、べつの意味でも見応えがある。


 ぼくもいつの日にかは、あんなとんでもトリックを作って遊んでみたいなと思う。


「面白いドラマだよね」 


「ですわ、ですわ。わたくしもあんな風にトリックを暴きたいのですわ」


 イケメン目当てじゃなくて、トリックを目当てにドラマを見ている女子中学生は、さて如何ほどいるものだろうか。


 そして。


 じつに興味深いよねとぼくが褒めちぎるとジト目で睨む鬼柳ちゃんは、はて、イケメン目当てなのだろうか。それともこの、にへらと緩んだ口もとに奇想天外なトリックの影でも見つけて警戒でもしたかな。


「守屋さんは、誰が犯人かお分かりになりまして? まあ、わたくしに分からないものを守屋さんが」


「車イスのお婆ちゃんさ。学園長だっけ」


 大矢さんの口が大きく開き、固まった。


「え、なして? バラバラ殺人ですのよ。婆っちゃんには無理ですのわよ」


 それを言う大矢さんの口調も、バラバラになっていた。


 クラスメイトと交流をもつようになり、大矢さんのお嬢様言葉はだんだんと崩れてきている。その内、普通の女の子になってしまうのだろうか。それは寂しいような、このまま変わらずにいて欲しいような。


 このままの方が面白いからという理由だけじゃ、留まってはもらえないだろうか。ぼくの笑みを焦らしとでも取ったのか。


 大矢さんはもう一度、

「なして?」

 と訊いてくる。


「もしお婆ちゃんが犯人だったら、みんなが驚くからかな」

 

 そう言うと大矢さんが驚いた顔になる。そうそう、そんな顔になるだろうからだ。推理ゲームならべつに目立ってもいいかなと、ぼくは得意気に推理を披露していく。


「あの監督は曲者だからね。きっとひと捻り、ふた捻りしてくるはずだよ」


「また守屋くんは、そんなメタ推理を」


 鬼柳ちゃんはあきれたような声をあげ、大矢さんにはそんなのずるいですわと叱られてしまった。それじゃあ真っ当な推理もしてみようかなとすこし考え、あまり深く考えずに思い付きを口にする。


「お婆ちゃんのアリバイを誰も訊いてないのはさ。怪しいじゃないか」


「それは……」


「年寄りでも車イスでもね、疑わない理由にはならないんだよ。みんな仲良く殺人の容疑者なんだ。それでこそ真の平等主義、本当の平和が訪れるというものだよ」


「もう殺人がおきちゃったのよ」

 と鬼柳ちゃん。


「平等主義者に怒られますわよ」

 が大矢さん。


 せっかく一席ぶったというのにひどい。まあ、仲良くなっちゃって。


「それにですわ。お婆様のあのお身体ではバラバラになんてとても出来ませんのよ」


「それはだね」

 と言いかけたら、

「逆ね」

 と鬼柳ちゃんが先に言う。


「バラバラ殺人にする為にじゃなくてね。バラバラになっちゃったのよ」


「それはどういう意味ですの?」


「本当は転落死だったのよ。散らばった身体を移動させ、バラバラ殺人に仕立てる。お婆さんに無理な犯行に見せるためにね」


「まさか、そんな!」


 ぼくの推理が奪われてしまった。悔しいので締めの言葉はぼくが言うことにする。


「ありえない事を省いていって最後に残った事がどれだけ信じられなくても、それが真実なんだよ」


 喝采が起こった。


「さすがは、おねえさまですわ」


 せっかくのホームズの言葉も聞いちゃいない。イヤになっちゃうね、まったく。


「そういえばですの」

 と前置きをし、大矢さんはニマニマと笑みをこぼしながら次の言葉を紡ぐ。


「わたくし、ありえない光景を目にしましてよ」

 と。

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