追憶の黒幕

第109話 (守屋)まどろみの中

──♧01

 そよそよと柔らかな風がぼくの頬をなでていく。窓を開け放っているせいだろう。机にひじをつき、手で顎を支える。どうかするとこのまま寝てしまいそうだった。


 そんなまどろみの中の放課後。


 特に目的をもたずに時間を過ごすこと。なんと贅沢な時間の使い方なのだろうか。せかせかと謎を作るために這いずり回り、トリックを成立させるがために暗躍する。そんな時間が、ぼくはなによりも好きだ。


 でもこんな風にのんびりと過ごす時間も嫌いじゃなかったりする。こういうなにげない瞬間にこそ、思いもよらぬ謎のヒントが転がっていたりするのだから侮れない。


 クラスメイトにも恵まれていた。


 このクラスにはきっと活力あふれる運動家が多かったのだろう。みんな放課後には部活や遊び、恋に青春と明け暮れている。


 ぼくとしては圧倒されるばかりだったけれど、おかげさまで教室にたむろするわずかばかりの生徒は限られた。すなわちそれはぼくと、鬼柳美保きりゅうみほ大矢恵海おおやえみの三人のことである。


 もっとも、鬼柳ちゃんは帰ろうとした所を大矢さんに捕まり。ぼくはその様子を鼻で笑ったのがまずかった。


「じゃあ、お先に」

 とコッソリ抜け出そうとしたら、きろりと睨まれ今にいたる。


 まあ、たまにはこんな日があってもいいのかもしれない。つかの間の安寧あんねい、戦士の休息、鬼の居ぬ間に洗濯だ。


 探偵の隣で居眠り。──は、すこし違っていただろうか。まどろんだ目で、仲睦まじく話しているふたりをちらと見る。


 大矢さんは、あの暴走族騒ぎからすこし変わった。唐津くんの想いがちょびっとは伝わったのか。クラスメイトのみんなにも時間を割くようになった。


 とは言っても、休み時間の度にぼくらのクラス。もとい鬼柳ちゃんの元へと来るのが治まったというだけで、彼女の顔を見ない日は一日とてなかったのだから、あまり変わってもいないのかもしれない。


 ほかに変わった所として。放課後に街の探索と称し、遅くまで徘徊していたのをやめたようだ。その代わりに鬼柳ちゃんが犠牲になり、そのついでにぼくは睨まれる。


 まったく、困ったものだね。


 どこの部のかは分からなかったけれど、熱気あふれる運動部の掛け声をBGMにしてウトウトしていたら、隣の席からも可憐な乙女達の話し声が聴こえてきた。


「おねえさまも見ました? あのバラバラの死体を。犯人はどなたなのでしょうか。次週が待ちきれませんのですわ」


「うん、見たけど。あのね、恵海ちゃん。やっぱり、『おねえさま』はちょっと恥ずかしいと思うの」


 なんとも血なまぐさい乙女達であった。可憐ではあるだけに、少々勿体ない。


 どうやら話題にしているのは探偵ドラマのことらしい。イケメン俳優が初主演ということもあり、女性の注目を集めている。


 探偵ドラマといえば殺人事件が付きもので、そのドラマも例外ではなかった。両者は切っても切り離せない関係なのだろう。


 物騒な話だ。子守唄代わりにするには、どうにも夢見が悪そうだった。


「分かりましたわ、みほみほ先輩」


 あまり分かってはいなさそうな大矢さんが応える。ぼくは思わず笑い、鬼柳ちゃんも苦笑いしていた。


「ひとつ減らそうか。みほ先輩がいいな」


「でも、それだと──」


 眉根を寄せ、困ったように小首を傾げ、ぼくをちらと見る。


「先輩との格差がなくなりますのよ……。もう先輩は、ランクダウンできませんし」


 どうしてぼくがランクダウンすることが前提なんだろうか。そして疑問がひとつ。


「ぼくはすでに最下層なんだね」


 大矢さんはあわてて手を振り、

「先輩としては、の話でしてよ」

 と言う。


 それはフォローなのか、判断に困るところだった。小難しい顔をしながら悩むと、鬼柳ちゃんがアハハと噴き出していた。


 ぼくが手をひらひらとさせ、

「いいよ、好きに呼んでくれたら」

 と言ったからか、

「……モーリン。いえ、……モリリン」

 大矢さんの悩む声が聞こえる。


「守屋さん、または守屋でお願いします」


「ね、守屋くん。『すすむちゃん』じゃなくていいの?」


 鬼柳ちゃんがいたずらっぽく微笑む。


「あっ、なんてことを!」


「……ススムン。それなら、……スース」


 ほら、変なつぶやきが聞こえてきた。

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