第108話 それは、恋

 まったく。言いたい事がぶれるじゃないかと思ったけれど、

「理由ですわよね、理由」

 と、大矢さんは気にしてない様子だ。


「『こんな所にいた』と言うのはどんな時か、ですわよね」


 あーでもない、こーでもないと大矢さんはブツブツとつぶやいている。


「すぐに見つかった時は、まず言いませんわね。意外な所にいた時……。色んな場所を巡って、散々探し回った後のこと、……ですの? そこまでして下さる理由と言えば──」


 自信なさげに見えるけれども、どうやら考えはまとまったみたいだね。


「唐津さんは、その……。わたくしのことを?」


 これを『恋』と言わずして、なんと言うのだろうか。それ以外の呼び名を、ぼくは知らないや。


 ガタン、と唐津くんは立ち上がった。


 ピンと姿勢を正したままで、大矢さんをじっと見つめ、

「大矢、好きだ。俺と付き合ってほしい」

 と告白した。


 わお、じつに男らしいね。


 推理して予想していた事とは言え、突然の告白に大矢さんは戸惑っているようだ。


 そして唐津くんは、ぼくら外野がいることを覚えているのだろうか。もう、彼の目には映ってないのかもしれないね。


 ぼくは鬼柳ちゃんと目で会話を交わす。


 お互いに無言のまま頷き、

「あとは、お若いおふたりで」

 と席を外そうとしたら、

「ごめんなさい」

 と聞こえてきた。


 おや。


 慌てふためいた様子で、

「気持ぢは嬉しいども。おらには、おねえさまがいるがらあ」

 と大矢さんは、顔を真っ赤にさせながら鬼柳ちゃんに抱きついてしまった。


 あらら。


 唐津くんは、

「そうか。すまなかった」

 と言い、そそくさと出ていってしまう。去り際もじつに男らしいものじゃないか。


 鬼柳ちゃんは抱きつかれたままで、

「追いかけてあげて」

 と、言ってくる。


 ぼくはこういうの苦手なんだけどなと思いつつ、しぶしぶと唐津くんの後を追いかけた。


 はて、なんと声をかけたらいいのやら。そう言えば前に、心を落ち着かせる方法を鬼柳ちゃんに教わったね。何だったかな。


 すぐに唐津くんに追いつき、がっくりと項垂うなだれている後ろ姿に声をかけた。


「唐津くん、まあ元気だしなよ。さあ、甘いものでも食べに行こうじゃないか」

 と慰めの手を差しのべる。


 あれ、何だか女子っぽい誘い方になってしまった気がするよ。すこし恥ずかしい。


 唐津くんはガックリと折れた頭を上げ、

「守屋さん。俺、甘いもの苦手なんで。すいません」

 と言い残し、スタスタと去って行ってしまった。


 差し出したものの行き場のなくなった手を、ぼくはこっそりと引っ込めた。まあ、元気そうでよかったけれど。なんだかぼくも振られてしまったような気持ちだよ。


 哀れ、おとこふたりは振られてしまい、教室に残ったおんなふたりは、いったい何を思うのやら。教室に戻るのもはばかられ、ぼくはそのまま帰宅した。


 翌日、いつもの様に登校しながらぼくは思う。理由はどうあれ暴走族は去り、この街にも平和が戻ってきたね。もうこのまま戻って来なければいいんだけどな。


 トボトボと歩いていると軽快な足音が聞こえて来た。聞き覚えのある軽い足音だ。


 小走りで駆け寄って来た鬼柳ちゃんは、

「唐津くんは大丈夫だったの?」

 と訊いてくる。昨日からずっと心配していたのだろうか。


「大丈夫そうだったよ。ぼくは振られちゃったけどね」

 と言うと、

「いったい何しに行ったのよ」

 と呆れた声を出された。


 はははと、苦笑いするほかないね。


「鬼柳ちゃんの方はどうなんだい。いかがわしい関係になってしまったのかい?」


 キッと、睨まれたので何事もなかったのだろうね。安心したよ。


 ちらっと見上げてくる視線を感じる。目が合ったのをキッカケに、鬼柳ちゃんは、ぽつり、ぽつりと話しはじめた。


「昨日ね、恵海ちゃんと色々話したの。守屋くんは知ってる? 恵海ちゃんが、お嬢様言葉を使ってる理由」


 明らかに不自然な、お嬢様言葉だったからね。きっと理由もあるのだろう。とは言え、時々もれ出していたアレに違いない。


「方言を隠したかったんじゃないの?」


「うん。それもあるとは思うの。でも、それなら標準語でもいいはずよね」


 なるほど。言われりゃ確かにそうだね。ほかにも理由があるだろうかと、頭を捻ってみたけれど何も思いつかない。


「降参」


「そ、恵海ちゃんはね。高笑いをしたかったみたいなの」


「高笑い? そりゃまたどうして」


「ちいさい頃にね。物をなくして困ってたらしいの。その時に助けてくれたのが、高笑いする探偵だったみたい」


 そう言えば、探偵に憧れていると言っていたか。そのひとの真似をしたかったのかな。『ホーホッホッホ』と高笑いする大矢さんの声が思い出される。


 なるほどね。これだけ鬼柳ちゃんに懐いているのも、なくなったお金を颯爽と見つけたからなのだろうな。憧れの探偵の姿を重ねて見ているのかもしれないね。


 だけど──。


「おかしな事を言うね、鬼柳ちゃん」


「ん、なあに?」


「探偵は高笑いなんてしないよ」


 ホームズ然り。

 金田一然り。

 コナン然り。


 ぼくの知っている探偵は笑いこそすれ、高笑いなんてしないはずだ。


 探偵はすべてを見通し、

 勝ち誇ったように、

 にやりと不敵に微笑うんだ。


「普通は、そうね」


 鬼柳ちゃんはどこか遠い目をしている。


「何だか知ってる風な言い草じゃないか。ぼくはそんな探偵、見たことないけどな」


、見たことないでしょうね」

 と、くすくす笑っている。


 親切な探偵ねえ。まったく、良い探偵も居たもんだよ。同じく探偵に憧れたぼくとは、えらい違いじゃないか。羨ましいものだね。


「恵海ちゃんはまた会えるのを期待して、謎を探し回ってるんだって」


 ふぅん、どこの誰かは分かっていないのか。実にいじらしいじゃないか。


 ん?


「じゃあ、こんな事になったのも。大矢さんがあんな風になってるのも。その高笑いする探偵のせいってことなんだね」


「まあ、そうね」


「そっか。迷惑な探偵も居たものだねえ」


 しみじみとぼくは呟いた。


「まったくよ……」


 力なく返事する鬼柳ちゃんだったけれど、その面持ちはどこか優しげに微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る