第107話 あやしい語尾

「わたくしと暴走族に、いったい何の関わりがありますの?」


 どうもいまひとつ、ぴんと来ていないようだね。唐津くんが心配になるのも、なんだか分かるような気がしてきたよ。


「関わらせない為よ。恵海ちゃん、放課後はいつも何してるんだっけ?」


「もちろん、街の調査ですわ。……あっ」


 ようやく気付いたのだろうか。


 唐津くんが何度も迎えに来たと言っていたね。街の調査と銘打って、夜遅くまでウロウロしているのを唐津くんはとても心配していた。


 あの性格だ。放っておけば、いずれは必ず暴走族に関わっていくだろう、と。


「唐津くんは、恵海ちゃんと暴走族を引き離したかったのよ」


「だったら、そう言って下されば……」

 と言うけれど、はたして大人しく言うことを聞くひとだろうか。


 むしろ、話を聞いたら尚のこと足を踏み入れそうな気さえする。


「それにね」

 と鬼柳ちゃんはつづけた。


「恵海ちゃん、同級生の友だち作ってないでしょう?」


「うっ」


 固まってしまった。


 休み時間の度にぼくらの教室に足しげく通い、昼は鬼柳ちゃんと共に過ごし、放課後はひとりで街の調査。この性格に加え、お嬢様言葉と来たもんだ。


 クラスでもすこし浮いた存在だろうね。


「暴走族の調査に、守屋くんを誘うくらいだものね」


 鬼柳ちゃんのその発言は、少々ぼくにも失礼ではある。けれど、集団行動を義務付けられた時に友だちではなく、ぼくを誘いに来ていたのがいい証拠だろうね。


「そんな恵海ちゃんを集団下校させるのも、目的だったと思うの」


「どういう意味ですの?」


「ほら。固まって行動してたら、友だちも出来やすいじゃないの」


 そうなるはず、だったんだけどね。

 

 集団下校を拒否るとは思わなかったよ。あまつさえ、幽霊調査に乗り出すとはね。先生も言っていたな。『常識を疑え』と。


 まったく、型破りな人間もいるものなんだなあ。いい勉強になったよ。


 人差し指をくるくると回しながら、鬼柳ちゃんは言った。


「ほら、なんて言うんだっけ。吊り橋うんたらとか。この謎を考えたひとは、たぶんそういうのが好きそうな気がするのよね」


「そうなんですの?」

 と、問われた唐津くんは、

「いや、俺はそんなの良くわからないぞ」

 と戸惑っているようだ。そりゃそうだ。


 こらこら鬼柳ちゃん、こちらをじっと見てくるんじゃありません。


「吊り橋効果と、ストックホルム症候群だよ」

 とは、もちろん言えないしなあ。


 などと考えていたら、

「そうね、気のせいね」

 と向き直った鬼柳ちゃんに、大矢さんが尋ねる。


「でも唐津さんは、どうしてわたくしにそこまでして下さるの?」


「それは──」

 と言いかけた言葉を、ぼくは遮った。


「それは、大矢さんが解いてみなよ」


 間に入ったぼくに、意表を突かれたのだろうか。豆鉄砲をくらったハトのような顔をしている。


「あら。先輩は、お分かりですの?」


「まあね」

 と腕を組んで偉ぶってみると、

「なら、わたくしにも解けましてよ」

 と面白いように釣れた。


 どうやらムキになってきたようだね。負けん気は大したもんだよ。ダメ押しだとばかりに、ぼくは言う。


「ぼくらが初めてあった日のことを覚えているかい?」


「ええ、まあ」


「あの日も唐津くんが迎えに来ていたね。『こんな所にいたのか』と言っていた」


 唐津くんは、また頭を下げた。


「すいません。そんなつもりでは」


 どこまでも真面目だな。こちらもかしこまってしまう。なぜかぼくも頭を下げた。


「それ自体は良いんだけどさ。その言葉が出た理由と、今回の理由は同じなんだよ」


 大矢さんが「うーん」と横に揺れる度に、唐津くんはそわそわとしている。


「いくら隣のひとが提出物を忘れてもさ。ぼくならべつに──」

 と言いながら、ちらっと隣の席を見ると鬼柳ちゃんと目があった。


 にこりと笑い、

「守屋くんなら?」

 と訊いてくる。


「……探さざるや得んや」


「大変。語尾があやしいわ、守屋くん」


 いったい誰のせいだろう。

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