第106話 ダークヒーロー

「そう。本当の被害者は、おじいちゃんだったの」


「そんなこと! 本当なんですの?」


 取り乱す大矢さんに、鬼柳ちゃんが落ち着いた声をかける。


「おじいちゃんから聞いたのよ。間違いないわ」


 ぼくと唐津くんに視線が飛んできた。


「おじいちゃんはふたりに感謝してたわ。とくに唐津くんには、よくお礼を言っておいてほしいって」


「おぶってあげた、お礼なんですの?」


「うん。それに警察へ、『代わり』に届け出てくれてありがとうって」


 まあ、しかたないかもな。口止めは特にしてなかったからね。その時ぼくは居ない事になっているし、なおさらだね。


「代わりにって、どういう事ですの?」


「おじいちゃん、通報する気はなかったそうなの。大したケガじゃないし、犯人も捕まらないだろうってね」


 おじいちゃんが自転車で帰っていた時、後ろから来たバイクに煽られて転倒してしまった。顔もよく見えなかったろうし、犯人の特定はきっと難しいだろうね。


「唐津くんがもう一度訪ねてきて、通報した方が良いって説得したそうよ。渋っていたら、『代わりに行く』って言うから、任せたみたい」


 大矢さんは小首を傾げた。


「それがどうして、唐津さんが襲われた事になってるんですの?」


「唐津くんは、すこし内容を変えたのよ。『被害者』と、『犯行現場』をね」


 そう。本当の犯行現場は、もっとおじいちゃんの家の方角だったんだよね。この間会った時、ずいぶん遠くまで買い物に来ているんだなと思ったものだ。


「唐津さん。どうしてそんな事を?」


 唐津くんは口を真一文字に結び、黙ったままだ。代わりに鬼柳ちゃんが口を開く。


「被害者を変えたのは、たぶん嘘の通報だからよね。おじいちゃんに迷惑をかけないようにしたんだと思うの」


 唐津くんは何も言わない。


「犯行現場を変えたのは、何の為なんですの?」


 鬼柳ちゃんはすこし眉根を下げ、

「暴走族のたまり場は、どうして移動したのか覚えてる?」

 と言った。


「わかりましたわ。お巡りさんを巡回させる為に、犯行現場を変えましたのね!」


 偽物の犯行現場は、暴走族のたまり場付近に変えてある。すぐに警察の巡回ルートに加わった。それを暴走族はヨシとせず、たまり場を移動させることとなった。


 警察の力とは、かくも強大なものだね。


「そうだったんですのね。唐津さん。何だかダークヒーローみたいで、格好いいですわよ」


 パチパチと手を叩く大矢さん。


 大矢さんはダークヒーローを認められる人なんだね。認めない人も中には居る。正義か、と問われたら難しいところだしね。


 黙っていた唐津くんは口を開き、おもむろに頭を下げた。


「すまない、大矢。俺はそんな大したやつじゃないんだ」


 ダークヒーローは頭を垂れている。ヒーローらしからぬ行動に、大矢さんは、ぽかんと呆気にとられてしまったようだ。


「唐津さん、如何なさいましたの?」


「すまない」

 と、言ったきり頭を上げない唐津くんに困ったのだろうか。助けを求めるように、鬼柳ちゃんに視線を向けている。


「おじいちゃんの為だけなら、そんな事する必要がないのよ。唐津くんには、もうひとつの狙いがあったの」


「何ですの、それは」


 頭を下げたまま固まっている唐津くんは、優しいひとなのだろう。おじいちゃんが転んだ時も、真っ先に助けに向かっていた。助けたい気持ちも嘘ではないはずだ。


 ただ、より優先するべき事があっただけなんだよ。それは、ぼくが初めて彼を見た時から一貫して変わってはいない。


 彼は最初から今まで、ずっとその子のために動こうとしている。


 鬼柳ちゃんはスッと目を閉じ、パッと大きく見開いた。その大きな瞳で大矢さんを見つめている。


「唐津くんの本当の目的は、恵海ちゃん。あなたよ」


「わたくしですの?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る