第105話 不審な点

「そうですわ、そうですわ」

 と、大矢さんは弾んだ声を出す。


「まだ暴走族の幽霊が残っていましたの」


 思い出して興奮してきたのだろうか。身体もぴょこぴょこと弾ませはじめた。


「音もなく背後から現れた、暴走族の幽霊のことだね」


 唐津くんの証言を思い出しながら、ぼくは言う。バットも持っていたかな。


「そうですの。唐津さんを襲いましたのよ。クレイジーですわよ」

 とは言うものの、大矢さんはにこやかな顔をしている。


 きっと謎に魅せられているのだろうね。唐津くんはそんな彼女を、どんな気持ちで見つめているのだろうか。『謎愛好家』の同類として、非礼を侘びておこうか。


 ごめんよ、魅力的な謎がわるいんだ。


 そして、そんな謎を紐解くのはもっと楽しいんだよね。うっかり黒幕になろうかと思ってしまうほどには、ね。


「そうね」

 と鬼柳ちゃんが言った。


 ぼくの心の声に反応したのかと思い、ドキッとした。


「そっちから説明した方が良さそうね」


 どうやら暴走族の話だったようで、ホッと胸をなでおろす。


「唐津くんは、暴走族に襲われてないの」


「みほみほ先輩。……今、何と?」


 引きつった笑顔で問う。


「狂言だったの」


 大矢さんの肩はわなわなと震えだした。


「今回の話はね、おかしな所がふたつあったのよ」


「ひとつ」

 と言い、鬼柳ちゃんはその小さな手のひらで、人差し指を立てた。


「守屋くんがボランティアをしていた事」


 それは、そんなにおかしな事だろうか。


「ふたつ。唐津くんの証言があやふやだった事」


 黙って聞いていた唐津くんは両手を組み、訊いた。


「俺の話は、あやふやでしたか?」


「そうね、でもしかたないよ。ここは学校だもの」


「どういう意味ですか?」


「身構えないからよ。くわしく事情を訊く生徒はいないし、説明する必要も、とくにはないものね」


 そうだろうね。


 たとえば警察に説明しにいく時は、事前に話を練っていくものだ。嘘の説明なら、なおさらだよ。ストーリーを組み上げて、ボロが出ないように気を付けるものさ。


 でも学校ならどうだろうか。準備なんてしないだろうね。そして質問は突然やってくる。ましてや相手は、ちいさな探偵だった。細部に至るまでの質問には、対応できていなかったな。助けを出したくらいだ。


「ぽろっと嘘がひとつ、こぼれてしまったのね。その嘘を嘘でごまかしている内に、とうとう幽霊話になってしまったのよ」


 ぼくの誘導のせいとも言えるけどね。


「お巡りさんにも、ちゃんと確認したわ。幽霊の話をしたら、笑われたの」


 唐津くんは警察に、普通の傷害未遂として説明していたようだね。


「……笑われたわ」


 二度言った。恥ずかしかったのだろうか。その場面、ちょっと見てみたいかな。


 ガタッと勢いよく、大矢さんが立ち上がった。


「唐津さん。本当ですの!?」


 ぐっと問い詰める大矢さんに根負けしたのか、しばし間を開けてから、

「……そうだ」

 と言った。


「恵海ちゃん、落ち着いて。唐津くんの言った事も、全部がでたらめじゃないのよ」


 ストン、と椅子に座り、

「どういう事ですの」

 と問う。


「思い出してみて。もうひとつおかしな事があったでしょ?」


「あ、先輩がボランティアしていらしたわ!」


 引っかかる所はそこじゃないだろうに。まったく、へっぽこな探偵だなあ。


 ……そんなに引っかかる?


「そうなのよ」


 そうなのか。


「でも大事なのは、理由の方ね」


 鬼柳ちゃんは、優しく大矢さんを導いていく。ほら、すぐそこに事の真相が待っているよ。


「転んだおじいちゃんを見かけて、ふたりは手助けをしたのよ」


 手を口にあて、大矢さんは考え込んだ。んー、と唸る姿に鬼柳ちゃんは手を差し伸べる。


「おじいちゃんは、どうして転んだとおもう?」


 おどろいた表情のまま、大矢さんはゆっくりと顔を上げ、そしてつぶやいた。


「暴走族に襲われましたのは、おじいちゃんだったんですの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る