第104話 まるで、鯉

 あの時、ぼくの手元には『みかん』があった。そして、『井上のおじいちゃんにもらったんだよ』と、鬼柳ちゃんに答えたんだったね。


 きっと、そこから推理したに違いない。


 鬼柳ちゃんは、こう考えたんだろうな。


 さて、このみかんはどこから来たものだろうか。まさか自家製ではないだろうし。近所にみかん農園があるなんて、聞いたことはない。


 ならば近所に住んでる人間か、買い物帰りなのだろうなと想像するのは容易いことだ。みかんをただ持ち歩いている奇特なひとの事は、想像しなくてもいいだろうね。


 井上と言う名前もすでに分かっている。そして、ぼくと知り合いだという値千金の情報がある。すべき事はもう見えたよね。


 まずは近所の表札を確認し、近くのひとに話を聞いてもいいね。すると近所には住んでいない事がわかるはずだ。それなら、つぎに調べるべきは近所のスーパーだね。


 近くのスーパーで、あの日と同じ時間帯を見張ればいい。運にもよるけれど、数日もあれば再び現れることだろう。


 ましてや相手は、おじいちゃんだ。買い物先も、買い物時間も、そうそう変わるものではないだろう。守屋の名前を出せば、相手に警戒されることもないだろうね。


 ぼくと大矢さんが先生に監視されていた二日間で、きっと調べあげたんだろうな。


 さすがだね。やるじゃないか。


 賛美の視線を送ると、それを知ってか知らずか鬼柳ちゃんは言う。


「おじいちゃんはその日、買い物帰りに自転車で転んだそうね。そこに唐津くんが通りかかったの」


「ぼくもね」

 と言うと、きろりと睨まれたので、

「幸い、大きなケガはなかったよ。すこし足を痛めていたけどね」

 と補足説明をして、ごまかす事にした。


「そして唐津くんが、おじいちゃんをおぶって、家まで送ってあげたのね。守屋くんは──」


 ちらりと視線が飛んで来た。


 なんだい、ぼくが何を手伝ったのかが知りたいのかな。まいったね。自分からそんな事を話すなんてさ。優しさを自慢してるようで、すこし気が引けてしまうなあ。


 でもまあ、事実だからね。あふれ出るぼくの優しさは隠し切れない、という事なのかな。まったく、しかたがないなあ。


「ぼくは自転車に乗って、買い物袋を運んだよ」


 ちょうど帰る所で、ぼくの家の方向だったからね。


 得意気に言い放ったら、

「それはボランティアしたって言うの?」

 と問われた。


「何を言う。ボランティアは大小の問題じゃないと思うけどな」


 楽は確かにしたよ。楽でも誰か助かるなら、それでいいじゃあないか。Win-Winだ。もちろん、頑張った唐津くんの方が、感謝されて然るべきだとは思うけれどもさ。


「その後、唐津くんは襲われたのよ。それなら、守屋くんも一緒に見ていたんじゃないの?」


 ああ、それで怒っているのか。なんで黙ってたんだコノヤローというところかな。

 

 それとも、ぼくを引っ掛けようとしているのかな。でも、その手には乗らないよ。


「ぼくは──」

 と言いかけたら、唐津くんに遮られた。


「俺が襲われたのは、守屋さんと別れたあとの話です」


 ぼくは言う事がなくなってしまったので、「そうだ」と言わんばかりに、ふんぞり返った。


 鬼柳ちゃんの疑いの目はまだ晴れない。


 今回は二重に疑われる位置にいるからね。黒幕としても、事件の関係者としても、すこし怪しいのかもしれない。


「ぼくは──」

 と言いかけたら、大矢さんに遮られた。


「そうですわ。唐津さんは塾の帰り道に襲われましたのよ」


 とりあえずぼくは、「そうだ」と言わんばかりにふんぞり返ってみた。なんだか、鬼柳ちゃんの瞳が鋭くなった気がするよ。


 しかしなんだろうな。この一年生コンビは、ある意味息ぴったりだね。おかげ様で、ぼくはさっきから口をパクパクさせているばかりだよ。


 これではまるで、鯉のようじゃないか。

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