第103話 ボランティア

「消えた暴走族は、消えていなかったの」


 あたり前の事だけに言葉にされると、どこかまぬけに聞こえてしまうね。ただ、何事もなければ、暴走族が消えたなんて噂はそもそも立たない。


 確実にそこで何かが起こっている。


「みほみほ先輩。消えてないと言っても、実際に姿は見かけなくなりましたのよ?」


「うん、そうね。でも、それを誰が言ってるのかが問題なの」


「誰と言われましても、近隣住民の方々ですわ。それはもう、わたくし散々、聞きまわりましたもの」


「散々、呼び鈴を押して周ったもんね。怖い人が出て来なくて本当に良かったよ」


 ぼくが口を挟むと、大矢さんは口をツンと尖らせた。

 

 鬼柳ちゃんは、

「そうね、気をつけないとダメね」

 と、くすくす笑い、話をつづけた。


「近隣の人は暴走族の姿を見なくなって、騒音が短く、すくなくなったと感じてる。それでも、数台の騒音は耳にしてるの」


「まったく不思議ですわね」


 ゆっくりと頭を振り、鬼柳ちゃんは柔らかい声を出した。


「不思議に考えるからよ。ただ、そのまま取ればいいの。単に暴走族は移動しただけだもの」


 不思議でもなんでもない、あたり前の事を言うように口にした。間を開けて、大矢さんが口を開いた。


「移動しただけ」


 おや、お嬢様が置き去りだ。


「──ですの?」


 すんでのところで追いついたようだ。


「きっと暴走族のたまり場が近くにあったのね。そのたまり場が移動したから、『消えた暴走族』の噂になったのよ」


「では、今でも聞こえて来る騒音は何なんですの」


「新しいたまり場に向かう時の音だと思うわ。数台の音がしても、姿は見えないの。それはね、走り去ってしまうからよ」


 特殊な人間をのぞいて、暴走族にわざわざ近付きはしないだろうからね。普通は距離をとるものだ。


 音だけして姿をみないからと言って、たまり場まで確認にいった人はいなかったと思う。暴走族の姿が消えるんだ。喜びこそすれ、悔やまれることはないだろうね。


 自分のテリトリーが安全ならそれでいい、そういうものだろう。あとはせいぜい気ままな噂を流すくらいが関の山だね。


「でも、どうしてたまり場をお変えあそばしましたの?」


 鬼柳ちゃんは横目でスッと姿を捉えた。


「それは、唐津くんが襲われたからよ」


 ピクッと唐津くんの肩が反応した。大矢さんはふたりの顔を交互にみやっている。


「ほら、お巡りさんが言ってたでしょ。巡回ルートに加えたって。それで暴走族は、たまり場を変えることになったのね」


 うんうん、と大矢さんが納得してしまったので、代わりにぼくが訊いておこうか。


「でも順番が逆にならないかな? 幽霊の噂のあとに、唐津くんが襲われたはずだよ」


 こちらを向いた鬼柳ちゃんは笑顔になった。可愛らしい笑顔だと思うところだよ。あとは目さえ、笑ってくれればね。


「唐津くんが襲われたのは、幽霊の噂よりも前のことよ。だって、守屋くんがボランティアをした日だもの」


「え、そうなの?」

 と言う、ぼくの演技がわざとらしかったのだろうか。まるで頭痛がしたかのように、鬼柳ちゃんは額に手をやった。


「お巡りさんと井上のおじいちゃんに話を訊いたから、間違いないわ」


「あら、そのお方はどなたでしたかしら」


「ほら、大矢さん。ぼくがボランティアしたという、おじいちゃんだよ」


 すると、隣からあきれた声がした。


「よく言うわね、守屋くん。メインでボランティアしたのは唐津くんじゃないの」


 鬼柳ちゃんはすこし怒っているようだね。ぼくが黙っていたからだろうか。しかたないよ、だって訊かれていないもの。


 しかし、鬼柳ちゃんは井上のおじいちゃんと本当に話して来たようだね。まさか、知り合いだった訳じゃないだろうに。


 よく見つけてこれたものだよ。


 ……ああ、あの時もらった『みかん』か。

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