第102話 忙しい子

「さあ、きょうも調査に参りますわよ」


 大矢さんは、懲りない。

 めげない。

 へこたれない。


 それを美徳と取るか、学習能力がないと取るか。うーむ、判断に悩んでしまうね。


 そしてもう、我がもの顔で三年の教室に入り浸っている。その胆力たるや、すさまじいものがあるね。まわりも慣れた物で、もう好奇の目では見なくなってきている。


「ダメよ、恵海ちゃん。危ないからね」

 と鬼柳ちゃんは言うけれど、もう大矢さんが止まらない事はみんな分かっていた。


 案の定、帰ろうかなと廊下に出ると、すぐに大矢さんに捕まった。そしてぼくは、どうやら少し油断していたみたいだ。


 大矢さんが止まらないと考えたのは、何もぼく達だけじゃなかったんだよね。捕まった途端に土師先生も現れ、ぼくと大矢さんに釘を刺していった。


「お前らほんま懲りひんな。よっしゃ、帰ったら学校に電話して来なさい。ほんまにまっすぐ帰ったか、確認や」


 そりゃないよ先生。うっかり、ぼくは巻き添えを食らってしまった。鬼柳ちゃんは幸いにも難を逃れたようだ。くそう。


「横暴ですわ、カタストロフですわ」


 両手をあげて抗議する大矢さんの声だけが、むなしく響いていた。


 そんな監視生活を二日ほど過ごした頃、

「逃走しますわ。限界ですの。ね? 先輩」

 と、あきらめの悪い声を朝から聞いた。

 

 いつものように鬼柳ちゃんがいさめるかと思っていたら、

「恵海ちゃん。今日の放課後、唐津くんを呼んできて欲しいの」

 と言うじゃないか。


「分かりましたわ。みんなで一斉調査ですのね。ローラー作戦ですことよ」


 意気込む大矢さんに、鬼柳ちゃんは微笑みかけた。


「ううん。唐津くんを襲った犯人が分かったから、聞いて欲しいの」


「本当ですの!? さすがは、おねえさまですわ」


 おっ、出たな。おねえさま。


 大矢さんは嬉しそうに鬼柳ちゃんに抱きついた。ぎゅっとされた鬼柳ちゃんは、手をバタつかせ、つぶされてしまいそうだ。


 助けを求める目がこちらを向いた。


「大丈夫。何かあったら、犯人は大矢さんだって証言するよ」

 

 にへらと笑って見せると、鬼柳ちゃんは足をバタつかせ、ぼくを足蹴にした。


 放課後、教室はにわかに静かになった。


 ある生徒は部活に向かい、ある生徒は帰宅する。帰宅をうながされているさなか、わざわざ教室に残るぼくらは、ある意味反逆者なのかもしれないね。


 反逆者、アンチテーゼ、リベリオン。無法人達の集まりだ。ようこそアンダーワールドへ。まるで、心がワルに染まっていくようだよ。


「失礼します」


 ぼくらしかいない教室なのに、溌剌とした礼儀正しいあいさつが響いた。そうだった、唐津くんはそういう人だったよ。


 ……ワルにも礼儀は必要だよね。


 せっかく高まったワルの心は、あっという間に霧散してしまった。真面目な人間を暴走族に入れてみたら、ひょっとしたらその暴走族も解散するんじゃないだろうか。


 そもそも彼らは、なぜ暴走しているんだろうね。


「連れてきましてよ。みほみほ先輩。それでは推理ショーの開幕ですの」


「大矢。なんだ、推理ショーって。俺はそんなの聞いてないぞ」


 いったいなんと言って唐津くんを連れてきたのだろうか。暴走する気持ちは、大矢さんに聞いてみれば、或いは分かるのかもしれないね。


 ふたりにも席に着いてもらい、

「さあ、推理ショーの始まりだね」

 と、にやりとしながらぼくも言った。


 やっぱり言いたくなっちゃうよね。


 唐津くんと鬼柳ちゃんは、あきれた顔をしていたけれど、大矢さんだけはニコニコとしていた。なるほど、同好の士というものは良いものだね。


「まったく、やりにくいったら」

 と言い、鬼柳ちゃんは咳払いをひとつした。


「どこから話せばいいのかな」


 はい、と手があがった。


「消えた暴走族は幽霊だったんですの?」


「ううん」

 と鬼柳ちゃんが首を横に振ると、大矢さんの目から光が消えた。ここまで人は落胆できるものかと思う。


 そして鬼柳ちゃんが、

「本当は消えてなんてなかったのよ」

 と言うと、目をランランと輝かせている。


 なかなかに忙しい子だなあ。

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