第101話 不運な出来事

 鬼柳ちゃんは考え込んでしまった。


「本当に? ボランティア? 守屋くんが?」

 と、謎の言葉をつぶやいている。


 いったい何に頭を悩ませているんだか。ぼくはその様子を眺めていた大矢さんに声をかけた。さて、必要な話はちゃんと訊き出せたのだろうか。


「警察に話は訊けたのかい?」


「あら、教えて欲しいんですの? 先輩」


 ニンマリと鼻も高々に、得意気な顔で言ってくる。ぼくより優位に立つのが心地よいのだろうか。


「教えて下さいな、後輩」


「ホーホッホッホ。まったく、仕方ありませんわね」


 まったく、嬉しそうなこって。


「わたくし驚きましたのよ」


 合いの手を待っているのだろうか、次の言葉がなかなか出て来ない。


「と言うと?」


「実はあのお巡りさん、唐津さんの襲われた件でいらしてたのですわ」


「ふむ。つまり、唐津くんが襲われたのはこの近辺だ、という事なんだね」


 大矢さんは、どこかつまらなそうな顔をした。はて、何故だろう。


 すこし反応が薄かったかなと思い、

「びっくりだね、なんたる偶然だろう」

 と付け足すと、

「ですわよね、ですわよね」

 と上機嫌になった。


「しばらく、この近辺も巡回ルートに加わるそうですわ。要警戒ですの。でも、困りましたわね……」


「何がだい?」


 困ることがあったろうか。


「相手は幽霊ですのよ。お巡りさんが、いくら巡回なされても……。わたくしの助言にも、聞く耳を持ちませんでしたわ」


 プクッとふくれっ面になる探偵も、珍しいだろうな。きっと迷推理を披露してきたにちがいない。哀れなりけりお巡りさん。


 一緒に行ったであろう鬼柳ちゃんも大変だったんだろうな。


「さあ、次はどこを調べようか」


「唐津くんがした近道を探そうと思うの」

 と、ようやく空想から帰ってきた鬼柳ちゃんが答えた。


 近道、犯行現場のことだね。お巡りさんも、さすがにそこまでは教えてくれなかったようだね。 


 辺りをきょろきょろと見廻しながら、大矢さんは言った。


「唐津さんも不運な方ですわね」


「どうして?」

 

 くりっとした瞳で鬼柳ちゃんは捉えた。


「唐津さんのお宅は、学校を挟んでずっと向こう側ですのよ。もっと近ければ──」


「そうね。近くの塾に通っていれば、襲われずに済んだものね」


 大矢さんも唐津くんの事を、何だかんだ心配してるんだね。


 すこし気になったので、

「大矢さんは唐津くんの家の場所、ちゃんと知ってるんだね」

 と、にへらと言ってみた。


 大矢さんはハッとした顔で向き直り、声を張り上げた。


「勘違いしないでよねですわ。先輩はハレンチですわ。セクハラですわ。ファックですの」


 指を立てられなかっただけ、ヨシとしておこうかな。鬼柳ちゃんからは、デリカシーと聞こえてきそうな視線を感じる。


 すこし落ち着いたのだろうか、大矢さんは言う。


「違いますのよ。わたくしが放課後、ひとりで街の調査をしていますと」


「街の調査ってなんだい?」


「わたくし謎を求めて、さ迷うのが日課ですの」


 良い趣味をしている。ところどころ共感できるんだよなあ。


「すると、どこからともなく唐津さんが現われて、『もう遅いから帰るぞ』とわたくしを送っていくんですのよ」


 もはや保護者と化している。教室での出来事を、そのまま外でもしていたのか。


「わたくしだけ家を知られるのは不公平ですわ。ですから、わたくしも聞き返しましたの。それだけですわ」


 身の潔白をしめした大矢さんは、胸を張ったままで言った。


「変な考えは起こさないでほしいですわ」


「そうや、その通りや」


 返事をしたのは、ぼくでも、鬼柳ちゃんでもなかった。振り返ると、自転車に乗った土師先生が笑ったままで怒っていた。


「お前ら、こんな所でなにしてんねん。危ないから、はよ帰れて言うたやろ」


「先生は見回りですか?」


「そうや。お前らみたいなんが、おるからな」


 笑顔が消え、怒り顔になった所でぼくらは散り散りに逃げだした。


「変な考え起こさんと、まっすぐ帰れよ」

 と先生の声が背後からする。


 まいったね。音もなく現れるなんて、まるで幽霊のようじゃないか。

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