第100話 やましい事

 調査は思ったよりも順調にすすんでいる。


 大矢さんの持ち前の積極性の『おかげ』と言うべきか。『所為せい』と言うべきかは分からないけれども、順調だね。


「話を聞こうにも、外に人がいないね」

 と言いながら振り返ると、大矢さんはすでに家の呼び鈴を鳴らしていた。


 営業中のお店へも、臆することなく入っていく。店員を呼び、話を聞き、そのまま出ていく事にさえ目をつむれば、調査はとても順調に進んでいると言えるだろうね。


 話を聞かれたひとの多くが、お嬢様言葉に戸惑っているのがすこし笑えた。もの珍しいからだろうか、質問にも好意的に答えてもらえているようだ。


 案外、お嬢様言葉も役に立つものだね。


「やはり皆さま、暴走族の姿をお見かけしなくなったそうですわね」


「そうみたいね」


 セーラー服姿の女子中学生がふたり、ぼくの前を歩いている。まあ、このふたりに囲まれるんだもんな。質問される方も、そう邪険にはしないというものかもね。


 そう考えると、探偵は女性の方が向いているのかもしれないな。


「手がかりは、ありませんのね」

 と肩を落とす大矢さんに、

「そうでもないよ」

 と鬼柳ちゃんが答えた。


「騒音の事で、すこし気になる事を言ってたじゃない」


「あら、なにかありまして?」


 おなじ話を聞いていたはずの大矢さんが訊く。ぼくはこっそりと苦笑いした。実に惜しいなあ、と思うよ。


 すこし強引ではあるけれど、大矢さんの調査能力は実際、大したものだった。必要なことは聞き出せているし、向かう先、人も見当外れではなかった。


 あとは情報を正しく推理に使えたらね。立派な探偵だよ。探偵に憧れているというのも、冗談ではないのかもしれないな。


 ポンコツ探偵と思ったことを、心のなかでひそかに謝るとしようか。


 大矢さんに問われた鬼柳ちゃんは、まるで妹を見るような優しい目をしていた。


「騒音のね、聞こえる時間が短くなったと言ってたわ」


「短く、それはどういう事ですの」


 爛々と瞳を輝かせている。


「んー、まだ分からないけど。暴走族の姿が消えたことと関係ありそうよね。台数も少なくなったみたいなの」


 前は十台からの騒音だったけど、今はせいぜい二台くらいかな。と、ふたりには言えない事を考えていると、大矢さんはパンッと手を打った。


「分かりましたわ。きっと成仏したのですわ」


 鬼柳ちゃんも苦笑いをしている。でも、当たらずも遠からずなんだよなあ。


 近隣の話も聞き終わり、さあどうしようかとなった時、道の端にバイクが見えた。ぼくの足は歩みをとめる。思わず近付くのをためらってしまう。警察のバイクだ。


 やましい事は何もないけれど、いや、あるかもな。でも犯罪ではないはず、だよ?


 ぼくの葛藤とは裏腹に、大矢さんは本当にやましい事がないのだろう、

「お話を伺いますわ」

 と行ってしまった。


 本当に大した行動力だね。


 足が張り付いてしまったぼくを、鬼柳ちゃんはあきれた顔で見ている。


「何してるの? 守屋くん」


「あるき疲れちゃったな。すこし休んでくるよ」


 鬼柳ちゃんは笑っていたけれど、ぼくはとても笑えそうにない。角を少し曲がったところで、壁にもたれかかった。


 しばらくすると、キッとブレーキ音がし、

「ああ、お兄ちゃん。この間はどうもね」 

 と声を掛けられた。


 声の主は、井上のおじいちゃんだった。買い物帰りなのだろうか。自転車のカゴには買い物袋が積まれていた。


「今日は、もうひとりのお兄ちゃんはいないのかい?」


「ええ」

 と答えると、

「よろしく言っといてちょうだいね」

 と、みかんをくれた。


 おじいちゃんの背を見送っていると、

「先輩、どうして来なかったんですの」

 と、ムスッとした顔で大矢さんがやって来た。警官から話は聞けたのだろうか。


「守屋くんはね、警察アレルギーなの」


 つづいて鬼柳ちゃんも来たようだ。悪戯な笑みを浮かべている。


 ぼくの手元を見て、

「どうしたの、そのみかん」

 と訊いてくる。


 なんと答えたものだろうか。


「井上のおじいちゃんにもらったんだよ。誰って? んー、ぼくがボランティアした家のおじいちゃんかな」


「守屋くんがボランティア?」


「警察にはナイショだよ。ぼくの仕業だとバレたら捕まっちゃうからね」


 ぼくのボランティアは多少、やましいからね。

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