第83話 ネーミングセンス

「みほおねーちゃん」

 と呼ぶ声の先には、見覚えのある小さな山賊がいた。


 おや、ぼくが最初にお菓子をあげた女児じゃないか。なんだ、鬼柳ちゃんの知り合いだったのか。


「佳奈ちゃん、こんにちは」


 佳奈ちゃんと呼ばれたその子は、テテテと鬼柳ちゃんの元に走り寄ってきた。


 わあと抱きつき、 

「おねーちゃん、おねーちゃん」

 と大はしゃぎだ。


 ぼくの方にも顔を向けたので、

「やあ、佳奈ちゃん」

 と手を上げたら、サッと鬼柳ちゃんの後ろに隠れてしまった。そりゃあないよ、佳奈ちゃん。


「くそう。ぼくにもっとお菓子があれば」


 固く拳を握るぼくに、

「守屋くんは一度、捕まった方がいいと思うの」

 と鬼柳ちゃんは冷やかに笑う。


 まったく、ひどいことを言ってくれる。


 佳奈ちゃんはお菓子というワードに惹かれたのだろうか。すこしだけ顔を覗かせていた。コンチクショウめ。


「ふたりは知り合いなのかい?」


「うん、ボランティアで保育園に行くって言ったでしょ。そこで知り合ったの。ねー?」


「ねー」


 佳奈ちゃんは身体全体を傾けて相槌を打っている。可愛らしいね。なんだろうか、すこし微笑ましい気持ちになったよ。


「佳奈ちゃん、ひとりで遊んでたの?」


「んーん。みんないたよ。かえったの」


 みんなとは、あの山賊仲間たちのことだろうか。五人くらいいたな。みんな保育園の友達なのだろうか。


「そうだ。佳奈ちゃん、これ見たことないかな?」


 鬼柳ちゃんが取り出したのはウサギのぬいぐるみだ。小さな瞳はマジマジとそれを見つめ、しばしの沈黙のあとに、

「しーらない」

 と答えた。


 ぼくも横から質問してみた。


「ねえ、佳奈ちゃん。ウサギとカメ……」


 すすっと陰へ回られた。


 いったいぼくが何をしたと言うのだろうか。行き場をなくしたぼくにも、助け舟がやって来た。


「何を聞きたいの、守屋くん」


 しかたなく、鬼柳ちゃんに代わりに聞いてもらうことにした。


「佳奈ちゃん。保育園で最近、ウサギとカメの話は聞いたかな?」


「うん。げきやるの」


 お遊戯会というやつだろうか。ぼくは鬼柳ちゃんと顔を見合わせた。恐らくその劇がきっかけなんじゃないかと思う。カメは正義、ウサギは悪と、園のみんなに共通認識が生まれたわけだ。


「かなね、とりさんだよ」


 はて、ウサギとカメに鳥は出てきただろうか。


 それはさておき、佳奈ちゃんの組の中に犯人がいる可能性は高そうだな。ぼくからお菓子を奪った山賊の中に、犯人はいたんじゃないだろうか。


 シラミつぶしに当たっていけば、いずれ犯人も分かりそうなものだけれど。さて、どうしたものか。


「佳奈ー、帰るわよー」

 と呼ぶ声が聞こえ、佳奈ちゃんは去って行った。最後に手を振るとほんのすこしだけ、小さく返してくれた。


「鬼柳ちゃん。保育園にそのカバンを持っていってるの?」


「うん。最初は学校を通して行ってたから。そう、知ってたかもしれないね」


 鬼柳ちゃんのカバンに付いていたジローこと、カメのぬいぐるみは、保育園でその姿を見られていたんじゃないだろうか。


 そして公園に鬼柳ちゃんが来たのを見てこっそりと近付き、ぼくが席を外した隙に犯行に及んだのだろう。ウサギのぬいぐるみも、鬼柳ちゃんの人柄を知っていたからこそ、置いていったのかもしれないね。


 中々にいい働きをするじゃないか。カメがウサギになるなんて、偶然にしてもしっかりと謎になっている。将来は立派な黒幕に育つかもしれないね。とても楽しみだ。


「守屋くんは、佳奈ちゃんとその友達の中に犯人がいると思ってるの?」


 鬼柳ちゃんも気付いていたのか。


「そうだね。他に小さい子は見てないから、間違いないと思うよ」


「そっか」


 後はひとりずつ取り調べを行えば……。なんて、そんなことは出来ないよなあ。


「どうする気なんだい」


 鬼柳ちゃんなら優しく尋問できるのだろうか。ちらと様子をうかがって見る。


「そうね、ミミ介を返してあげたいかな」


「ミミ介?」


「ん」


 突き出されるウサギのぬいぐるみ。また名付けたんだね。ミミ介は、にこやかに笑っていた。なるほどね。これはもう、間違いなさそうだな。


 鬼柳ちゃんにはネーミングセンスがないんだな。

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