第84話 読み聞かせ
キャーと言うよりも、もはやギャーと聞こえると言った方がより正確だろうか。子供の喧騒というものは凄まじいものがあるね。園児達は元気に叫びながら、外を走り回っている。
保育士さん方は慣れたものなのだろう。優しい眼差しで子供たちを見守っている。
次の日、ぼくたちは佳奈ちゃんの通う保育園にお邪魔していた。
鬼柳ちゃんがボランティアをした事があったので、顔見知りの保育士さんに無理を言って見学させてもらっている。
ぼくは学生らしさをアピールする為に、休みだと言うのに学生服を着て来ていた。珍しいのだろうか。園児達から好気のまなざしが降り注いでくる。あいつはなんだ。なんで黒い服なんだという所だろうか。
隣にいる鬼柳ちゃんはセーラー服の上に、可愛らしいキャラクターの付いたピンク色のエプロンを着用している。そういうのがあったほうが良かったのだろうか。でもぼくにエプロン姿は、たぶん似合わないだろうな。
エプロン姿の鬼柳ちゃんに話しかける。
「頼んだものは出来た?」
「うん。一応は書けたよ」
きのう鬼柳ちゃんに、ある物を書いてほしいとお願いしておいた。ぼくの書く絵は見る人が見ないと、何を書いているか分からないからね。すこし玄人向きなんだ。
書いてもらったのはウサギとカメの絵。かけっこを終えた後の話を作ってきたんだよ。実際に続編はあるらしいけど、それは今回の結末にはふさわしくない。
「じゃあこれ、はい」
持ってきた原稿を鬼柳ちゃんに手渡した。
「わたしが読むの?」
ぱちくりと瞬きをしながら言う鬼柳ちゃんに、
「ぼくに読み聞かせなんて出来ると思うのかい?」
と言っておいた。
園児の手前、蹴飛ばされるような事はなかったけれど、帰り道は危ないかもしれないな。お守り代わりに、園児をひとり借りて帰れないかしら。
「ほら、みんな寄っといで。美保お姉さんが面白い絵本を読んでくれるよ」
佳奈ちゃんにお願いして、きのう公園に来ていた子たちにも声をかけてもらった。もちろん佳奈ちゃんにお願いしてくれたのは、鬼柳ちゃんだけどね。
「みんなはウサギとカメのお話を知ってるかな?」
「しってるー」
素直な良い子たちだ。鬼柳ちゃんの事を覚えてる子も多いようで、集まりも中々のものだった。
「今日はその、ウサギとカメのお話の続きだよ。それじゃあ美保お姉さん、お願いします」
子供たちに囲まれ、鬼柳ちゃんの読み聞かせが始まる。カバンに付けられたミミ介こと、ウサギのぬいぐるみもその様子を眺めていた。
ウサギはかけっこに負けてしまいました。カメは言います。
「なんとか、勝てたよ」
ウサギは悔しそうに泣いて、
「もう走らない」
とすねてしまいました。
カメは続けて言います。
「ウサギさんがまじめに走れば、ぼくはとてもかなわないよ」
ウサギはショックを受けました。そして心を入れかえました。悪かったところは深く深く反省して、カメにもきちんとあやまりました。カメは笑ってゆるしてくれました。
それからのウサギは毎日まじめに走る練習をします。まじめに走るウサギには、もう誰もかないません。
ウサギはみんなに聞かれました。
「どうしてそんなに速いのか」
「カメに負けたからさ」
ところが、
「のろまなカメがウサギに勝てるものか」
とみんなは笑います。
それでもウサギは知っています。カメはとても速かったと。
もうウサギがカメとかけっこをする事はありませんが、ウサギはカメをとても尊敬しています。
もしもしカメよ、カメさんよ。世界のうちでおまえほど、心のつよいものはない。どうしてそんなにつよいのか。
カメはウサギにとって、友となり、ライバルになりました。
カメもウサギのうわさを耳にします。ウサギは今日もまた、かけっこに勝っているようです。
「ウサギは速いなあ」
ふたりはそれからもずっと友だちです。
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