第82話 深読み
まさかね、と言った。それはいったい、どんな想像をして言ったのだろうか。
「なにか思いついたの?」
「んー。どうなのかな」
鬼柳ちゃんは、
「あはは」
とカラ笑いしている。
「ね、守屋くん。ウサギとカメと言えば、なにか思い出さない?」
「ウサギとカメか。そう言えば、そんな絵本があったような」
ウサギとカメの、かけっこの話だったかな。懐かしいね。誰もが知ってる絵本だ。
いつでも勝てると油断したウサギが居眠りをしている間に、コツコツと頑張ったカメに負けてしまうという、教訓染みたお話だったね。得られる教訓は、努力はカメを裏切らないという事だろうか。
「今回のことにも関係あるのかなって、ふと思ったの」
確かにウサギとカメと言えば、それを一番に思い付く人は多いのかもしれない。しかし、今回の事と関係があるのだろうか。
「カメがかけっこに勝ったから、ぬいぐるみが欲しくなった」
とでも言うのだろうか。
まさか、ね。
ああ、だから鬼柳ちゃんもそう言ったのかな。
「ウサギは鬼柳ちゃんのカバンで、ひと眠り中って事なのかな。じゃあカメは、お先にゴールへと向かったわけだ」
「そういうわけじゃ……ないと思うよ」
苦笑している。
「鬼柳ちゃんは、子どもたちの中の誰かが犯人だ、と思っているんだね」
絵本に関係があるのでは、と思うくらいだものね。大人で絵本に影響されるひとは、きっと数少ないだろう。
「うん、幼い子の気がするの」
じつは、ぼくもそう思う。
いくら監視下にない放置されたカバンと言えども、公園内にひとはいた。多少は人の目も飛び交っていたと思う。
大人が学生のカバンに悪さしていれば、
「ちょっとちょっと」
となるだろう。
でも小さい子なら、ひょっとしたら視界から外れるかもしれない。
「やっぱりカメが欲しかったのかな」
ウサギはさっきから、ぷらぷらと揺らされてばかりいる。
「それも、あると思うな」
「も?」
「鬼柳ちゃんはウサギとカメの、カメはどんな奴だと思う?」
絵本を思い出しているのか、ジローに想いを馳せているのか、天を仰いでいる。
「頑張り屋さんかな。真面目で、あきらめない人」
人になった。
「ウサギは?」
「楽天家で、お調子者。相手を見下す、悪い奴」
残念、人になれなかったか。それにしても、ひどい言われようだね。どうもウサギは、絵本で悪い目に遭いやすい気がする。でも多かれ少なかれ、まあ大体は、そんなイメージだよね。
「それも理由なんじゃないかな」
「どれ?」
「イメージだよ。カメは良い奴、ウサギは悪い奴。子ども心に善悪は大事な要素だ」
周りが急にそんな目で見始めたから、ウサギを持つことをすこし恥じたのかもしれない。
「守屋くんは、ウサギにどんなイメージを持ってるの?」
「エンターテイナー」
「え、エ!?」
そんなに驚かなくてもいいじゃないか。
「ウサギはゴールしてから寝たら良かったんだよ。でも、そうはしなかった。勝負が盛り上がらないからね」
ウサギにとっては勝つのが当たり前の勝負だ。負ければ不名誉、勝って得るものも特になし。誰かを楽しませる目的でもなければ、そもそも勝負をしないだろう。
さて、ウサギは誰を楽しませようとしていたのか。
「案外、カメを焚き付けたのも、わざとかもしれないね」
「……どこまで深読みするの」
「ぼくは捻くれてるんだ。しかたないよ」
軽く笑っておこう。
そしてぼくの中で、カメは勇気の人だろうか。どれだけ努力しようとも、ウサギの気が変われば、あっさりと追い抜かれてしまう。カメにも当然分かっていたはずだ。
カメの歩みだからね。振り返るのもひと苦労だろう。振り返らずに前へ前へ。相当な恐怖と戦ったんだろうな。格好いいよジロー。
人知れずジローに称賛をおくっていると、か細い声が聞こえてきた。
「みほおねーちゃん?」
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