第71話 期待の意味
解き終わったはずの謎が、もう一度ぼくに牙をむいてきた。──のかもしれない。
そんなことないかと、にやける。
「中原先輩と琴音ちゃんは会ってるの?」
ちょっと間が空いて言葉は返ってきた。
「んーん。会ってないと思う」
「あれ、それっておかしくないかな」
わざわざ琴音ちゃんを呼んでおきながらも会ってはいないと言う。用があったから呼んだわけじゃなかったのだろうか。
新たな謎だった。よし考えてみるかな。
集中が必要だと鬼柳ちゃんにあやかり、そっと瞳を閉じてから考えだしてみたら、
「もう、まねしないで」
と、集中を妨げられてしまった。
しかたない。普通に考えようかと腕を組んでから、椅子にふかく腰掛けた。すこし背をあずけて推理してみる。中原先輩は、いったいなにを必要としていたのだろう。
先輩はぼくらと琴音ちゃんに関わりがあるのを知っていたのだろうか。それともただの偶然なんだろうか。それは、『え』のつく小学生じゃなきゃダメだったのかな?
だとしたら、小学生と中学生のちがいが何かあるはずだ。考え込んでいるぼくを、小学生と中学生の中間のような鬼柳ちゃんが興味津々な面持ちで見つめていた。
本当にソコにちがいはあるのかと、いささか不安になってくるというものである。
「ねえ、何かあるの?」
と、大きな瞳は輝きに満ちていた。
「どうなんだろうね、分からないや」
正直なところを述べると、
「ふーんそっか。すこし期待しちゃった」
とあからさまに落胆して肩を落とす。
ざんねんそうに輝きは失われていった。でもぼくはそんな鬼柳ちゃんを見ながら、とある言葉を思い出していた。
『期待しているよ、守屋君』
中原先輩はぼくに向けて、そう言った。期待しているのだと面と向かって話した。
はて、ぼくの何処に期待したのだろう。
ぼくは探偵として期待されているのだと勝手に勘違いしていた。おそらく浮足立っていたのだろう。久方ぶりに探偵のまね事ができるのが嬉しくてたまらなかった。ぼくは楽しんで、そして舞い上がっていた。
「後悔しないようにね」
と偉そうに佐々木くんに言ったけども、後悔するのはぼくの方だったじゃないか。
はあ、ダメだねと落胆する。
……まるでどこも成長してないや。あの頃からぼくは、なにも変われてはいないんだと悟った。苦い思い出がよみがえってくる。バレないように、ふうと息を吐いた。
揺るがない真実。
期待もなにも、中原先輩はぼくの探偵としての姿なんて見たことがないはずだ。
椅子から浮いた足をぷらぷらとさせている鬼柳ちゃん。中原先輩にとっての探偵とは彼女のことなのだから。ビアノの怪談の一件を解決したのは、鬼柳ちゃんだった。
ぼくが先輩に見せた姿と言えば黒幕としての行動だ。怪談騒ぎをおこし犯人をあぶり出したり、松永先輩の男癖の悪さへの報復騒ぎも耳に入っていたのかもしれない。
それでも中原先輩は期待していると、紛れもなくぼくに言った。ならば先輩が期待したのは、黒幕としてのぼくなのだろう。
探偵をやめて黒幕の考え方をしてみる。自らが謎を作り、事件を起こす側として。謎を作るには琴音ちゃんが必要だった。ぼくが必要とするのならそれはどんな時だ。
連続怪盗事件。
白紙の卒業証書。
三人の被害者。
榎本琴音。小学六年生。六年三組。
中原紗奈。中学三年生。三年A組。
松永結愛。中学三年生。三年A組。
「ABCか……」
聞かせる為の言葉じゃなかったけれど、鬼柳ちゃんはあいにくと耳がよかった。
「ABC? ABCの歌のこと?」
おや、なんだか懐かしい響きだ。
「なんだっけそれ」
小さく口ずさんでくれた。
「え〜び〜し〜でぃ〜♪ ほら、保育園とかで保母さんが教えてるような歌」
ふぅむ。ひょっとしたらそこからの連想だったのかもしれない。それに今の反応からみても鬼柳ちゃんは知らないのだろう。
ぼくが考えていたのは、アガサ・クリスティ作、ABC殺人事件だ。きっとこれは偶然なんかじゃないのだろう。なぜなら、琴音ちゃんをわざわざに呼んだのだから。
『期待しているよ』
なんでもない言葉を、なんでもない口調で言っていた。そんなのなんでもなくないじゃないか。先輩はやはり、──ずるい。
「鬼柳ちゃん、中原先輩の家どこにあるか知ってる?」
ぷらぷらしていたその足を止めて、
「知ってるけど。なにか分かったの?」
と、爛々とした眼を向けてくる。
ぼくはゆっくりとうなずき、言う。
「中原先輩をデートに誘いたくなってね」
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