第70話 あわや迷宮

「理由が分かりやすいのは琴音ちゃんさ。本人が言ってた。これはお礼なんだって」


 きっと謎が好きなぼくのために協力してくれたのだろう。お礼だったら、ぼくの方からも言わなきゃダメなんだけどな。


「中原先輩も感謝していると言ってたからね。それが理由なのかもしれない」


 ぼくのせいで揉めてるとも言っていたけど、そっちは気にしないでおくとしよう。


「松永先輩は……。ううん……。一也くんにお願いされたからとか?」


 苦々しく笑うと、鬼柳ちゃんも、ふふっと笑っていた。おそらく図星なのだろう。あの先輩がぼくのためにと何かをしてくれる姿はまるで思い浮かばない。


 しかし感謝か、と思う。


 なんだか照れくさく感じ、ぽりぽりと頬をかく。その動作をじっと見られていた。照れ隠しを見られるのはよけいに照れる。ぼくはあわてて言葉へと逃げ込んだ。


「今回の謎はさ。なんというのか、こう。ぼく好みだったんだよね」

 

 偶然とはとても思えない、謎として生まれてきた今回の謎。普通に生きていく限りでは、まず起こり得なかったことだろう。


 さながら怪盗。

 果てや消える文字。

 あるいは連続事件。

 そして、黒幕の鬼柳ちゃん。



 ショートボブの髪がさらりと揺れつつ、楽しそうに弾んだ声がした。


「そうね、そう。三人の理由も正解だよ。じゃあわたしは? わたしの理由」


 口もとに笑みを含んだままで言う鬼柳ちゃん。解かれない自信があるのだろうか。確かに、理由がさっぱりと思いつかない。


 鬼柳ちゃんに感謝されるようなことは、何もなかったような気がする。じゃあ、ぼくをからかったとか。いやいや、中原先輩じゃあるまいし。どちらかというとからかっているのは、──ぼくの方だよね?


 唸り考え込んでしまった姿を見て、満足気に細い腕を組んでいる。まさかこれが理由じゃあないだろうなと、訝しんでおく。


「なんだろう、分かんないな。ぼくの探偵のリハビリを兼ねてとか。あっ、探偵をするぼくを見たかったとか」


 虚をつかれたのか、小さく、

「うっ」

 と聞こえた。


「……それも、まあ。あるわね」


 まだ残っていたのだろうか。ソフトクリームのような物をくぴりと飲み干して鬼柳ちゃんは話す。観念したのだろうか。


「守屋くん、前に言ってたじゃない」


「うん?」


「色々と小細工してるって」


 ああ、ぼくの黒幕説かと頷いておく。


「どんな風に見えているのかなって、ちょっと見てみたくなったの」


「それが理由?」

 

「そうしたら、守屋くんが何をしているのかも分かるのかなって」


 タハハと苦笑った。よっぽど前回の謎が解けなかったことが悔しかったのだろう。負けん気の強さには乾杯しかない。


「でもやってみると、難しいのね」


 それは黒幕の反省会だった。思わずニヤけてしまう。まず、痕跡を残しすぎだよ。鬼柳ちゃんはまだまだ甘いねと、先輩ヅラまでしちゃいそうになるほどだった。


 ぼくならばもっと上手くやれただろう。ぼくならば痕跡はまず残さない。何はなくとも黒幕は暗躍してこそだ、と黒幕として考え始めたことに驚きストップをかける。


 ダメだダメだ、今日のぼくは探偵なんだからと首をふっては黒幕をふり切った。


「小学生の琴音ちゃんを巻き込んだのは失敗だったね。うっかりボロが出ていたよ。あそこから謎が解けたんだ」


 手でコップを弄びながら、鬼柳ちゃんはぽつりとこぼす。


「本当はね。琴音ちゃんは予定になかったの」


「そうなんだ」


「元々わたしは、紗奈先輩と松永先輩で終わらせる気だったの」


 中原先輩だけだったらぼくの推理で終わっていただろう。松永先輩が加わった所で答えが分からなくなってしまった。予定通りだったなら、迷宮入りになっていたかも知れないというのか。


 じゃあ、いったいなぜに?


「でもね、紗奈先輩が言ってきたの」


 鬼柳ちゃんは静かに目を閉じた。そのときのことを思い出しているのだろうか。


「『え』のつく小学六年生の知り合いは、周りにいないだろうかって」


 榎本琴音、小学六年生。

  

 ぼくらの周りに彼女はいた。しかし、何なんだい。その不自然極まりない質問は。


「それってどういう……」


「わたしもビックリしちゃって。紗奈先輩は、琴音ちゃんの事を知ってたのかな?」


 おや、おかしな事になってきたぞ。この謎はまだ深まりを見せるのかもしれない。

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