第69話 黒幕
そして、パッと大きな瞳を開く。
「『も』、ね」
さすが。
「うん。私の卒業証書『も』白紙と言うからには、他の事件も知っておかないといけないよね。でもぼくは白紙の証書の事を、琴音ちゃんに話した覚えがないんだよ」
まっすぐに前を眺めている鬼柳ちゃんの横顔を見やる。
「誰かが琴音ちゃんに教えたんだろうね。琴音ちゃんと知り合いで、尚かつ、ぼくらの中学での事件を知っているような人物。中原先輩や松永先輩とは思えなかった。ぼくが謎好きなことも知っていたからね」
鬼柳ちゃんは横目でちらりとこちらを見た後、視線を元に戻した。
「それで、わたし?」
「だね。そこで、疑問がふたつ生まれる。三人はなぜこんなことをしたのか。そして鬼柳ちゃんの目的はいったい何なのか」
ようやく温まってきたのか、鬼柳ちゃんはマフラーを外しはじめた。くるくると解かれるマフラーは予想よりも長い。鬼柳ちゃんの身長より長いのではないだろうか。
外したマフラーを巻きながら言った。
「わたしは犯人じゃないんでしょ?」
「そうだよ。でも今回の騒動、鬼柳ちゃんには不審な点が多数あった」
マフラーを巻く手がピタリと止まる。
「たとえば?」
「あからさまだったのは、今回の事件へのやる気さ。一度も目を瞑らなかった上に、てんで的はずれな推理をしていたよね」
「うう……。まだそれを言うの?」
せっかく外したマフラーで顔を覆って隠れてしまった。鬼柳ちゃんの実力を認めていたからこそ、あの行動が不自然に映ったんだけどね。またマフラーを顔に巻き始めてしまう前に、話をつぎへと進めようか。
「ほかには、紗奈先輩と呼ぶようになったね」
「べつにいいじゃない」
「わるいとは言ってないよ」
ツンと拗ねる鬼柳ちゃんに、思わずクスッとしてしまった。
「ただ、前はそう呼んでなかったからさ。ふたりの距離が近付く何かがあったんだ。たとえば今回の事件の打ち合わせとかね。三階へあがる姿を見かけたこともあった」
ツンとしたままでストローを口にしては次第に顔がほころんでいく。どうやら甘い物は心をほぐす効果もあるようだ。
「松永先輩とも和解していたね」
「ああ、それは。一也が、ね」
一也くんの頑張りか。甘い物でも使ったのだろうか。あとで教えてもらおうかな。
「ぼくはだね。松永先輩には嫌われているという。揺らぎない、絶対の自信がある」
胸を張って、そう宣言した。
「……やな自信ね」
まったくだよ、と張った胸を崩す。
「そのぼくが関わっているというのにだ。松永先輩も自演に協力している。鬼柳ちゃんと、一也くんがひと役買ったと見たね」
ズズッーと、ストローをすすっている。否定はされなかった。
「一也くんもね。そういえば不思議な発言をしていたからさ」
鬼柳ちゃんの眉がピクッと動いた。
「なんて言ってたの?」
「ええと、『皆さん、がんばってるんだから。俺もがんばらないとですよね』って」
「どこかおかしい?」
ストローをくるくる回して考えている。
「松永先輩の卒業を話してるときのことだよ。気になったのは、『皆さんとはだれの事で』、『なにを頑張っているのか』だよ」
ぼくもコーヒーを口にしたら、もうすっかりと冷めていた。よけいに苦い。
「卒業式の事とも取れるけど。松永先輩を皆さんだなんて言うかな。仮にも彼女だしさ。卒業式をがんばるっていうのもねえ」
「そうね、いまいちピンとこない」
と鬼柳ちゃんは眉根を寄せていた。
「事件の起こった今。あらためて考え直してみるとさ、三人の自作自演のことを言っていたような気がするんだよね」
「そうかもね」
事件の起こる前から知っていた。つまりは、一也くんも協力者ということになる。
そしてその中心にいるのは──。
「三人の犯人とまんべんなく関わり、一也くんの協力をも得られる人物。鬼柳ちゃんが黒幕なんだと、ぼくは推理するよ」
バッチリと目が合った。そして大きな瞳は優しく、にっこりとほほ笑んだ。
「理由がないわ」
でも、バッサリだった。
「うん。そこで最初の疑問に戻るんだよ。三人はなぜこんなことをしたのか。そして鬼柳ちゃんの目的はなんなのかってね」
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