第68話 コーヒー

 どうやら探偵と黒幕のセリフが混ざってしまったようだった。最近、黒幕づいていたせいだろうかな。それでも、あまりにも鬼柳ちゃんの反応が薄いのが気に掛かる。


 じっと観察してみた。


 フード付きのワンピースを身にまとった鬼柳ちゃんは両手で肩を抱いている。袖とスカート部分の色が白とベージュになっていて、まるでソフトクリームのようだ。ベルト代わりの大きなリボンが可愛らしい。


 そして首には、赤くて長いマフラーをぐるぐると巻いている。おや、鬼柳ちゃんにしてはずいぶんと薄着な格好じゃないか。


「今日は、雪だるまじゃないんだね」


 そう言ったら無言でじっと見つめた後、手招きをしてくる。きっと蹴飛ばそうとしているにちがいない、誰が近付くものか。


 そして思い至った。あ、ぼくのせいか。デート風に誘っていたから、オシャレして来てくれたのだろう。サプライズと逃げられないようにと思い、デートを装ってみたのだけど悪いことをしてしまったかな。


「あー、あったかい飲み物でも飲みに行こうか。ぜひとも奢らせてください」


 お礼も込めて、ね。


 鬼柳ちゃんはちらりと視線を投げつけ、肩を抱いた無言のままで歩きはじめた。どうやら許してもらう事ができたようだ。


 スタスタと歩き、近くのスタバに入っていってしまう。あんまり行かないからよく分からないんだけどなと思いつつ、ぼくもつづいて店内に入る。中はとても暖かい。


 ふうとひと息。


 適当なコーヒーを注文する隣では、鬼柳ちゃんが謎の呪文をそらで詠唱していた。いったいなにが出てくるというのだろう。


 店内は混んでいて、テーブル席は空いてなかった。しかたなくカウンター席に並んて座る。隣り合ってティータイムだ。探偵と黒幕の姿としてはまぬけかもしれない。


 鬼柳ちゃんはソフトクリームのような物を飲みながらに、ようやく口を開いた。


「それで、私が犯人なのね?」


「いや、犯人は中原先輩だよ」


 ぼくもコーヒーをひと口含む。温かい。鬼柳ちゃんの飲んでいるそれは温かいのだろうか。とてもそうは見えないけれど。


「でも紗奈先輩は、松永先輩の証書を盗めないはずよ」


「うん、犯人は松永先輩だったからね」


 きろりと睨まれた。


「ついでに琴音ちゃんの証書も白紙になっていたそうだよ。犯人は琴音ちゃんだね」


「説明する気はあるの?」


 事実なのだからしかたない。


「じゃあ、順番にいこうか。中原先輩の証書はこの間話したとおりだよ。中原先輩、本人にしか犯行は無理そうだった」


 鬼柳ちゃんはストローをくわえる。反論はないようだ。続ける。


「その後にやって来た、松永先輩の証書。隙さえつければだれにでも犯行は可能だ。もちろん松永先輩、本人にもね」


 ストローから口を離した。美味しかったのだろうか、思わず顔がほころんでいる。


「同一犯じゃなかったのね」


「ぼくはね、勘違いしたんだ。似たような事件がつづいたからね。自然と同一犯によるものだと思った。考えてみれば、卒業式の練習中に混ざったという白紙の証書も、そう思わせる為の布石だったんだろうね」


 ズッとコーヒーを含んだ。すこし苦い。格好をつけてブラックで注文したことを、ほんのりと後悔していた。


「琴音ちゃんも、本人の犯行なの?」


「うん、だろうね。まあ、実際には見てないからさ。話だけの事なのかもしれない」


 ぼくら中学生が、小学校ですり替えたり工作したりとするのは目立ちすぎる。それは不可能に近いだろう。ふたたび嬉しそうにストローを口にしている鬼柳ちゃんになら、可能だったかもしれないけど。


 ぼくの視線に気付いた鬼柳ちゃんは、そっと飲み物を手で隠す。


「あげないよ」


 物欲しそうに見えたのかな。つづける。


「つまりはね。連続怪盗事件に見せかけていた、三人による自作自演だったんだよ」


「根拠はあるの?」


「琴音ちゃんにプレゼントをもらってね」


「ん?」


「琴音ちゃんはね。『私の卒業証書も白紙にかわったんです』と、そう言ったんだ」


 鬼柳ちゃんは静かに目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る