第51話 真剣勝負

「え゛」


 濁点のついた『え』だった。なかなかに発音しない音だな。そんなに驚かなくてもいいじゃないか。


「守屋くんってロリコンなの?」


 中二と小六でも、そう言われるのだろうか。琴音ちゃんは言葉の意味を知らなかったようで、キョトンとしている。ぼくはふたりの女の子をこっそりと、交互に見比べてみた。


 さほど違いがあるようには、みえないけれども。……いや。……むしろ。


 ぼくの視線の意図を悟ったのだろう。鬼柳ちゃんはさすがに怒ったようで、ぼくを蹴飛ばしてきた。いやあ、久々だね。


「だめー」


 それを見ていた琴音ちゃんが、ぼくを庇うように手を広げて前に立った。肩がぶるぶると震えている。ぼくはどうやら、小学生に守られているようだった。


「大丈夫だよ、琴音ちゃん。このお姉ちゃんは、そこまで怖い人じゃないんだよ。そこまでは」


 鬼柳ちゃんはキロリとぼくを睨んだが、すぐに怒りを収めたようだ。


「えっと。琴音ちゃん? 守屋くんに騙されていない? 脅されてないの?」


 一体、人をなんだと思っているのか。


「大丈夫です。守屋さんは、私の彼氏なんです」


「じつは親戚だとか」


「彼氏なんです」


「友達の妹を預かってるとか」


「お兄ちゃんー。この人、分かってくれないよー」


「あっ、ほら。お兄ちゃんって言った。やっぱり妹さんなのね」


 ひとり満足気な顔をしている。小学生の女の子相手に、揚げ足を取ってあげるんじゃないよ、鬼柳ちゃん……。


 ぼくは琴音ちゃんの肩に手を置き、

「違うよ、琴音ちゃん。今のぼくは誘拐犯なんだよ」

 と言い放った。


「え゛」


 後ろから濁音の声が上がった。


 鬼柳ちゃんは過去一番の蔑んだ瞳で、こちらを見ながら、

「通報していいのかな」

 と、スマホをチラチラ見せながら聞いてくる。


 ぼくが無言で半笑いのまま、行く末を眺めていると、

「はあ」

 と息を吐き、あきれ顔をした。とりあえずは、スマホをしまってくれたようで安心したよ。


「それじゃあ帰ろうか」

 と手をつなぎ歩き出したぼくたちに、鬼柳ちゃんがトコトコと付いてくる。


 ちらりと目が合うと、

「誘拐犯だもの。見張っておかないと」

 だそうだ。


「少し離れて歩いてくれるかな」


 注文をつけておこう。

 一応ね、念の為に。


「どうしてなの」

 と小首を傾げる。


「ふたりの邪魔をしないようにさ」


 返事はなかったが、すこし距離を開けてくれた。目には妖しい光を宿していたけれども。

 

 しばらく歩いていると、ランドセルの女子集団とバッタリ出くわした。琴音ちゃんはそれを見るや否や、ササッとぼくの後ろに身をひそめてしまう。


「あれ? 琴音ちゃんでしょ」


「本当。榎本さんだ。隣の人は……」


 琴音ちゃんは僕の背に隠れたまま、出てこないようだった。仕方ないな。


「恥ずかしがってるみたいだね。ぼくは琴音ちゃんの彼氏です。よろしくね」


 キャーキャーと彼女達は騒ぎ、散々質問攻めにされた後に、ようやく開放された。小学生パワーとは恐ろしいものだね。何だかどっと疲れてしまったので、後方から感じる何か言いたげな視線は気にせずに、家路を急いだ。


 琴音ちゃんの家にたどり着き、彼女を見送ったあと、

「おくり迎えじゃないの?」

 と聞こえてきたので、

「いいや、誘拐だよ」

 と答えておいた。


「ほんとうに彼氏なの?」


 疑り深いのは探偵向きだね。思わずクスッとしてしまう。


 不審な表情で見上げる鬼柳ちゃんに、

「誘拐犯さ」

 と言い、ニヤついておくとしようか。


 鬼柳ちゃんは、スッと瞳を閉じたまま動かなくなってしまった。


 ぼくはもう足が疲れきっていたので、

「先に帰るよ」

 と挨拶だけして、その場を離れた。


 去りながら振り返り、小さな探偵のその姿に闘志を燃やしていた。今回の謎は解かれるわけにはいかないんだよ。今までと違い、今度の犯人はこのぼくだからね。


 それに──。


 それに、人の家の前で固まってしまうのはどうかと思うけどなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る