第50話 犯行当日
鬼柳ちゃんの歩幅は狭くて、ぼくがトボトボと歩くペースと同じくらいでちょうどいい。ながれた話題だと思っていたが、目があった拍子に鬼柳ちゃんが尋ねてきた。
「何を思い出してたの?」
「鬼柳ちゃんによく似た小学生の事だよ」
と言う言葉をぼくは飲み込んだ。
争いのタネになってしまうからね。
「誘拐計画を練っていたんだよ」
とも答えられないな。
今回の謎は、鬼柳ちゃんに解かれるわけにはいかないからね。
どう答えようかなとすこし考え、
「じつは、探偵のさらなる活躍を耳にしてね」
とごまかす事にした。
ごまかす為に言った言葉だったけれど。鬼柳ちゃんは顔を真っ赤にして、駆けていってしまった。効果は的面のようだね。
ぼくも放課後は、走るくらいじゃないとだめかな。その為にも授業中は体力回復に努めなければと、先生方が卒倒しそうな決意と共に登校を終えた。
放課後になりチャイムと共に教室を飛び出した。最初は意気揚々と走り出したものの次第に足は重くなり、小学校が見える頃には息も絶え絶えになっていた。間に合うのだろうかと不安になってくる。
ようやく小学校にたどり着き、少女の姿を探す。校門の影に榎本琴音の姿を発見したので、ホッとひと息つき、呼吸を整えてから声を掛けた。
「やあ、お待たせ。さらいに来たよ」
榎本琴音はこちらをゆっくりと振り返り、とくに驚いた様子もなく、
「守屋さん、おそいです」
と言い、口をとがらせながら、
「そのセリフも、毎回言わなきゃだめなんですか」
と不満気に付け足してきた。
「必要なことなんだよ」
譲れないところは諦めてもらうしかない。琴音ちゃんも諦めがついたのだろう。小さくため息をついた。六年生とは言え、小学生に叱られた上、ため息までつかれてしまった。まったく、おませさんだなぁ。
琴音ちゃんはブルブルと首を振り、気を取り直したように可愛らしい笑顔で、
「いまは、私の彼氏のはずです」
と手を差し出してきた。
そうだったね。ぼくはその手を取り、校門を後にした。初めのうちは手をつなぐのも照れていた琴音ちゃんだったけれど、何ごとも慣れるものなんだろうな。
朝に考えた逃走ルートを辿っていく。なるべく目立つ道を大回りに。琴音ちゃんの同級生達だろうか、好機の視線がまとわり付いてくる。手を振ってあげると、大体そそくさと去ってしまうけれども。
小学校まわりの道が終わり、続いてぼくの中学校まわりもぐるっとまわっていく。最初はおとなしく着いてきてくれた琴音ちゃんだったけれど、だんだん不機嫌に……と言うより疲れたのかな。なだめすかし、何とか予定のルートをこなす事が出来た。
そんな日が数日過ぎた。小学校には行ってもらわないと困るので、毎日の誘拐だったけれど。お互いにその内慣れてきて、歩くことが苦にならなくなっていった。
小学校での出来事を聞きながら、懐かしさを噛みしめていると長い道のりもあっという間だ。泣くか、怒るかのイメージしかなかった琴音ちゃんも、だんだんと笑顔が増えてきたように感じる。
ぼくはと言えば、相変わらず小学生に叱られていたけどね。何ごとも慣れるものだね、もう慣れたよ。ははは。
だけれどまあ、必然と言うか。
そういう日もいつか来るだろうと思っていた。いつもの様に琴音ちゃんを誘拐し、定番ルートを辿っていると、見覚えのある小柄な女の子とばったり出会った。
鬼柳美保だ。
ぼくらが帰りの時間に会うのはなかなかに珍しい。鬼柳ちゃんはぼくと琴音ちゃんの姿を見て、大きな瞳をこれでもかと見開き驚いた。手を口にあてたままで固まっている。声は発しなかった。人間本当に驚くと、声も出ないのだろうか。
ようやく絞り出した声は、
「妹さんね」
だった。
ランドセル姿の琴音ちゃんが、
「ちがいます、私は彼女です」
と言うと、鬼柳ちゃんの目は点になっていた。
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