第49話 誘拐計画
今日は犯行当日だ。昨日は早めに眠りについたおかげで寝起きもすっきり。心身ともに満たされている状態だね。
いや、嘘だった。やっぱり朝は眠いよ。トボトボと通学路を行きながら、眠たい頭にむち打ち、ぼくはイメージトレーニングに勤しんでいた。さて、どの道を通ればいいのかな。逃走ルートの確認を怠らないことは大事だと思う。
放課後急げば、少女、榎本琴音の下校時間に間に合うだろう。少女が校門を出たところを素早く誘拐し、逃走を図る。
ぼくとしてはなるべく目立つ道を通りたい所だけど。少女はおとなしくついてくるだろうか。おとなし目の子だから、たぶん大丈夫だとは思うけれど。
ひとりの女生徒が、ぼくの少し先を歩いていた。彼女の姿をぼーっと眺めながら、榎本琴音を初めて見た時のことを思い出す。
公園の──。あの時もそう言えば、放課後だったな。
ぼくらの通う中学校のすぐ近所に、小ぢんまりとした公園がある。目立つ位置に高い樹木があり、あとは少々の遊具。バスケットゴールも設置されていたかな。近所の小学生や子連れの主婦がちらほらと訪れる場所。
ぼくは学校帰りにふらふらと立ち寄り、ベンチに腰掛けていた。考え事をするには静まり返った場所よりも、聞き流せる音に囲まれた方が集中できる気がする。
目を閉じ、天を仰いだ。視界が暗闇に包まれると、いろいろな音が聞こえてくる。奥様方の話し声、バスケットボールの跳ねる音、どうやら小学生の軍団も押し寄せて来たようだ。
ガクッと、身体が動いた拍子に目が覚めた。すこしウトウトしていたみたいだ。連日の裏サイト巡りでの寝不足のせいかもしれないね。どれくらい寝てたのかな。
周りを見回すと主婦や小学生の軍団は、もう帰った後のようだった。バスケットボールの跳ねる音だけが、まだ続いている。
「帰ろうかな」
ベンチから立ち上がり、公園の出口に向かおうとした時、ガサッと音がした。どうやらぼくは、『降ってくる女の子』とつくづく縁があるらしい。
少女が落ちてきた。制服で身をまとった、可愛らしく髪を束ねたメガネの少女。小学何年生だろうか。公園のシンボルとも言える樹木から、滑り落ちてきたのだろう。木登りでもしているのだろうか。
「いたっ」
少女は小さな声でつぶやいた。木登りを好みそうな活発なタイプには見えないけれど、人は見かけによらないものなのだろうか。
ぼくと目があった少女の瞳には、涙が溜まっていた。だけど涙は流さずに、口をきゅっと結び、少女は木登りを再開し始めた。
何度か繰り返すが、うまく登れないようだ。その内に少女は落ちたまま固まってしまった。あきらめたのだろうか。ぼくは少女の方に歩み寄り、樹木を見上げてみる。
「ああ、なるほどね」
事情を察したぼくに頼るでもなく、少女は気丈に涙を拭っている。強い子なんだろうね。
「お困りですか? お嬢さん」
「お嬢さんって言わないでください。大丈夫です」
どこかで聞いたようなやり取りで、すこし笑ってしまった。ある女の子を思い出させる。一見おとなしそうだが気が強く、優しくも推理に長けた、背の小さな女の子の事を。
「なに笑ってるんですか。あっち行ってください」
「良いじゃないか、お嬢ちゃん。もうすこし話そうよ」
ぐへへ、とでも言いそうな口調で話してみても、少女は怯えなかった。
しらっとした顔で、
「変質者ですか? 通報しますよ」
と、ジト目で睨んでくる度胸の良さ。
そうそう、ちょうどこんな感じのジト目で睨んできたんだよ。少女との出合いを思い返していたぼくの目の前に、いつの間にか鬼柳ちゃんが立っていた。少女よりも迫力のある、見慣れたジト目でぼくを見ている。
「守屋くん。さわやかな朝の登校時間に、思い出し笑いは不気味だと思うの」
うん、ほっといてほしいかな。
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