第48話 活動記録

 ついつい夜更しをしてしまった。重いまぶたをこすり、あくびをかみ殺しながらでも学校へ向かう、勤勉な学生は誰でしょう。そう、ぼくです。


 ……寝不足のせいで、どうも変なテンションだ。


 サンサンと降りそそぐ朝の光は、寝不足で充血した目には優しくない。たまらずに日陰に飛び込んだ。影に入り、ひと息つく自分の姿に笑ってしまう。日差しが恨めしいや。これじゃあまるで、モグラか、ヴァンパイアじゃないか。


 このまま日陰を移動しながら、どうにか学校までたどり着けないかなと考えていると、

「おはよ、守屋くん」

 と日差しをものともせずに登校する少女、鬼柳ちゃんと出会った。


 このところ、鬼柳ちゃんとの仲は友好的になったと思う。わざわざ待ち合わせをして学校へ行く仲だとは言わないけれど、登校中に出会えば一言二言交わすくらいにはなっていた。


 睨まれつづけた、あのつらい日々を思えば、だいぶ好転したんじゃないだろうか。ほぼ自業自得だけれどね。ははは。


「何してるの?」


「学校までの闇のルートを模索中だよ」


 不審な目で見られていたので、そんなに関係は変わっていないのかもしれないな。鬼柳ちゃんに促され、仕方なく光のルートをトボトボと歩み始めた。すこし休んだおかげだろうか、目の調子もいささか回復したようだった。


 ぼくの横を歩くまるで小学生のような背たけの女の子。赤いリボンのセーラー服だけが、彼女を中学生だと知らしめている。


 ぼくの視線に気付いた鬼柳ちゃんは、「はて」と推理し始めた。自分のセーラー服をしげしげと見つめ、どうやらぼくの視線の意図を悟ったらしい。彼女の表情が曇り始めたので、ぼくはあわてて会話を繰り広げた。


「風の噂で聞いたんだけどさ」


「え。ああ……うん」


 言葉を飲み込んだようだ。間一髪だったね。あぶないあぶない。


「鬼柳ちゃん最近、探偵として活躍してるみたいだね」


「え、なんで知ってるの!?」


 わあ、と恥ずかしそうに驚いた後に、みるみる顔が紅潮していく。耳まで真っ赤になってしまったよ。学校裏サイトでは、鬼柳ちゃんの探偵としての記録もつづられていた。


『ぼくの代わりに探偵をしてくれる』


 あの日の約束を律儀に、前向きに守ってくれているのだろう。急に早歩きになり、ズンズンと前へ進んで行ってしまった小さな背中を眺めていると、鬼柳ちゃんはくるりと振り返った。


「そんな大げさなアレじゃないから。探偵ってほど探偵じゃないの」


 なんの言い訳かは分からないが、それで気が済むのならと、適当に頷いておいた。隠れて探偵業をしていたのが、照れくさかったのだろうか。ぼくの預かり知らぬ所での話なので、きっと天然の謎だったのだろうな。


 もっと解き甲斐のある謎を用意してあげないとね。


 物思いに耽っていると、

「守屋くん急ごう、遅刻しちゃう」

 と言う言葉で現実に引き戻された。


 小走りで登校し、ほどよく疲れたこの体は、寝不足も相まってよく眠れそうだった。あまり怖くない先生の授業までは保つといいけどな。


 それからも学校裏サイトでは、鬼柳ちゃんの探偵のエピソードがすこしずつ書き込まれていった。いったい誰が書いているのだろうか。そして探偵としての知名度も、徐々にあがってきたのじゃなかろうかという頃、ある出来事が起こった。


 その日ぼくは学校帰りに、公園をぶらぶらと歩いていた。特に目的があった訳ではない。そろそろぼくも謎を作ろうかと、物色していただけだ。めぼしい謎はなかったけれど、ちいさな謎の種なら見かけた。


 ぼくはひとりの少女と出会った。


 そして、彼女を誘拐する事に決めた。


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