一輪の花

第41話 相合い傘

リメイク前

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 朝のニュースは時として役に立つこともある。朝の占いやグルメの話、株式や事件のニュース。しかし、なんと言ってもお天気情報だね。こんな時は、美人のお天気お姉さんを信じて良かったなと思うよ。


 ぽつりぽつりと雨が降り始めた。辺りを見回すと黒い花や、赤い花がポツポツと咲き始めている。ぼくも手元の傘を開き、黒い花となった。通学路はあっという間に、満開の花につつまれていく。こうして見ると、なかなかに壮観な眺めじゃないか。


 雨はあまり好きではないけれど、傘の中はすこしだけ好きかもしれない。ボツボツと響く雨音が心地良く聞こえてくる。視界が悪くなってしまうのは難点だけれど、ものは考えようだ。少し傘を傾ければ誰にも邪魔されない、小さな、ぼくだけの世界となる。


 よけいなものに捕らわれず、考えごとをするにはもってこいだね。ぼくはこれからの事について考えていた。探偵とぼく。わだかまりはまだ残っているけれど、和解に向けて一歩近付いたとは思う。それもこれも鬼柳美保のおかげだ。感謝している。


 だからこそ、今の立ち位置が分からなくなってしまった。もう手放しで探偵に寄り添うには、ぼくは少々ひねくれ過ぎている。


 自分でも思うほどだから相当なものだろう。しかしだからと言って、このまま謎を作り続けてもいいものなのかとも思う。どうしたものだろうか。


 人には相談出来ない悩みをかかえたまま、ぼくはトボトボとした足取りで学校へ向かった。雨のせいだろうか。行き交う人々の足どりがいつもよりも速く感じる。どんどんとぼくは追い抜かれていった。

 

 水はけが悪いせいで、道路には所々水たまりができていたけれど、多くの人は特に気にもせず横断していく。ぼくはあまり濡れたくはなかった。靴下が濡れる不快感は耐え難いからね。


 水たまりを避けながら、波打つように歩いていると、

「わっ。ちょっと」

 と後方から声が聞こえた。


 どうやらひとりの学生とぶつかりそうになってしまったらしい。ぼくからは傘で見えないのだけれども、悪いことをしてしまったな。


「すみません、大丈夫でしたか」


 謝りながら振り返ると、意外にも相手は爽やかな笑顔で返してくれた。


「大丈夫大丈夫。ごめんなさい。俺も焦って走ってたからさ」


 ぼくより身長が高い男がそこにいた。先輩だろうか。柔和な笑顔で、ぼくの目を真っ直ぐに見てくる。誠実なスポーツマンといった印象だ。甘いマスクと言うよりは、男らしさを感じる。なかなかのイケメンじゃないか。


 この雨の中、傘もささずに走っているのはすこし気になるけれど。爽やかイケメンは、爽やかなままで去っていった。


 雨に濡れるのも厭わぬまま走っていく。水も滴るなんとやらだろうか。乾いたイケメンの方が人気も出ると思うのは、ぼくだけなのかな。


 そんなくだらない事を考えていると、イケメンはすこし走ったところで足を止めた。赤い傘の女の子だろうか。何やら彼女と話しているようだ。ふむと考える。なるほどね。待ち合わせをしていたのだろう。


 思った通り、小柄な女の子はイケメンに傘を差し出した。どうやら一緒に学校へ向かうようだ。相合い傘だね。雨に濡れないようにぴったりと体を寄せ合い、ふたりは歩き出した。


 羨ましいような、気恥ずかしいような。ただひとつだけ、ぼくの想定を越えることがあった。


 傘を差し出した小柄な女の子。ちらっと見えた横顔は、ぼくの知ってる顔だった。ぼくの見間違いでなければ、他でもない。


 その女の子は鬼柳美保、その人だった。


 おや、まあ。

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