第4話
「なぁ、最近の高校生に流行っている音楽って何だと思う?」
目の前でガーリックポテトを貪る山口に聞いてみた。
とある金曜日、俺らはお馴染みのアメリカンダイナーに来ていた。
高校生と対面で話をする機会などほとんどないので、イオリと会う前に話題を仕入れておきたいと思ったのだ。
と言っても、一般的な高校生の話題が果たしてイオリに通じるかは謎だが。
「どうして急に?おぐっち、次は女子高生狙いか?」
「違うわ!」
山口のつまらない返しにツッコミをいれた。
裏アカの事は言いたくないので、理由を追求してくるようなら、適当に話題を変えるつもりだったが、山口は意外とまともに答えてくれた。
「まぁ俺自身、今は学生だからな。高校生は周りにはいないけど、大学生くらいの年齢の奴等が聴く音楽はわかるぜ。」
「例えば?」
「最近は、WANIMAっていうバントが人気だな。」
「WANIMAか!最近人気あるよな。ちゃんと聴いたことないから聴いてみるわ。」
たいして期待せずに質問したが、まともな回答が返って来たので、イオリとの会話に困ったときのストックにさせてもらうことにした。
「ところで、俺しばらく会えないから。」
山口が言った。
「ん?なんで?」
「いやー、試験が近いのよ。」
「何の試験?」
「時計。」
「時間? 21 時 45 分だけど?」
「ちげーよ。時計修理の試験だよ」
腕時計を見た俺に対して、笑いながら山口が言った。そういえば、こいつ時計の専門学校に通っていたな。
「そうなんだ。大事な試験なのか?」
「すげー大事なやつだぜ。上位 3 位くらいまでに入れれば、企業への推薦状も貰えるしな。」
「へー、でもなんか山口が真面目に試験受けようとしている事自体、なんか違和感があるな。大学の時は、試験前も飲み会してただろ。」
俺が言うと、山口も「確かにな!」と笑いながら言った。
しかし、その後、急に真剣な表情をし、薄めた目で空のグラスを眺めながら、山口はこう言った。
「やっぱさ、一度、就職したところを辞めてまで学生になっている訳だからさ、こんな俺でも、それなりに真面目にやろうって気持ちにはなるんよ。あの頃と違ってちゃんとした目標があるからな。」
突然、ガラにもない事を言う山口を、俺は何も言わずに見ていた。
いや、何も言えなかったのだ。
山口の遠くを見据えるような表情が、不覚にも格好良く見えてしまった。
あんなにチャランポランだった山口とは思えない。目標があるという事が人を変えるのだろう。虚無感や羨望といったいくつかの感情が、俺の胸の中を渦巻くのを感じた。
土曜日の昼、待ち合わせの時間より少し早く着いてしまったようだ。
イオリとの待ち合わせは、コンサート会場である大ホールの前だった。それなりに大きいコンサートのようで、人が多かった。
客層はやや年輩の方が多かった。俺でさえ浮いてしまっているので、高校生のイオリの事を見つけるのは容易そうだと思った。
お互いがわかるように、事前にお互いの特徴を教え合おうと提案してあった。
俺は、身長が 170 センチ前半で、グレーのピーコートを着ていると伝えていたのだが、イオリは、「わたしは制服を着ていきます」とか言っていた。
何故、制服なんだ?という疑問はあったが、面倒なので、会ったときに聞けばいいと思った。
という事で、俺は指定された場所で待つことにした。
少し緊張するな。
考えてみると、ネットで知り合った人と現実に会うなんて初めてだ。しかも、相手は女子高生か。
よく考えると、この組み合わせって、危険じゃないか? 27 歳の男と女子高生って。
イオリと二人でいる所を、万一、友人や会社の人に見られたら、何と思われるのだろう。
ただでさえ怪しまれそうだし、弁解するとしたら、裏アカの事も言わなければならなくなるし、なんだか非常にまずい気がしてきた。
「男爵さんですか?」
一人で悶々としているところに後ろから声をかけられ、驚いて振り返った。
俺は、相手の姿を認識して、暫く固まってしまった。
不自然な間が生まれている事にハッとして、確認の為の質問をした。
「イオリ…か?」
そこには、女子高生、ではなく、学ランを着た男子高生が立っていたのだ。
「そうです。」
彼女…いや、彼は答えた。
「お前…男だったのか?」
俺は、食い気味に質問した。
今までずっと女子だと思ってやりとりをしていたので、心底驚いていた。
「はい。女性だと思っていたのですか?」
無表情のまま聞いてくる彼をもう一度よく見てみる。
背は俺よりも 10 センチ程低く、耳が隠れるくらいの長さのくせ毛の黒髪に、眼鏡をかけている。
ちゃんと食べているのか少し心配になるくらい華奢で、色は白く、顔も童顔だったので、16歳よりも若く見えた。
牛乳瓶の蓋のような眼鏡をかけたオタクっぽい容姿だと勝手に決めつけていたので、想像とは随分違った。まぁ眼鏡はかけていたが。というか、そもそも性別が違った訳だが。
「あ、あぁ。すまん。イオリっていう名前が女の子っぽかったし、一人称が『わたし』だっただろ。」
「僕は男です。」
一人称をあえて「僕」にして、イオリは答えた。
「いや、流石に見てわかったよ。」
「念の為です。」
博士キャラがやりそうな、眼鏡を指でくっとあげる仕草をしながら彼は言った。
性別は違ったけど、キャラは何となく想像通りだった。
「普段は自分の事を『僕』って言うのか?」
「はい。社会人の一人称は『わたし』だと思ったので、Twitterではそのようにしていました。」
「そうなんだ。」
なるほど、彼なりに大人びた言葉遣いのつもりだったのか。
「それにしても、数分前まで女子高生と 2 人きりで会うつもりでいたのですね。」
イオリが再び無表情なまま言った。
俺は慌てて否定した。
「いやいや違うよ!って違わないんだけど、なんというか、やましい気持ちはないからな。」
待て待て、俺は何をそんなに慌てているんだ。と言うか、こいつも、随分表情が乏しいな。そういう台詞を言う時は、せめて怪訝そうな顔でもしながら言ってほしいものだ。真顔で言われると、俺が何か犯罪でも犯しているようじゃないか。
メッセージをやりとりしていた時から、尊敬していると言う割に、たまに俺をイジるような発言をする事があったが、おそらく本人は、そんな意識は全くないのだろう。今がまさにそんな感じた。
「そんな事より、何で制服なんだ?今日、学校あったのか?」
話題を変えたくて、イオリに訊ねた。
「今日は、学校はありません。僕は私服のセンスがあまりにも欠乏しているので、制服を着てきました。それに、そもそも私服をあまり持っていませんので。」
さも当然のような顔をして、一風変わった見解を示してきた。やっぱりちょっと変わっているよな、こいつ。
「高校卒業したらどうする気なんだ?制服は着る事はできないだろ。」
「それは、高校を卒業した時に考えます。」
と、俺の質問をさらっと流された。
イオリは、カバンからチケットを取り出し、俺に手渡しながら言った。
「そろそろ開場のようなので、行きましょう。」
「あ、あぁ。そうだな。ありがとう。」
俺はチケットを受け取りながら答えた。
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