1「幼馴染」(1)


 幼馴染で少し気になる女友達であったデミが、屋敷の使用人として働きに出たのは、エイトが平均としては短い学生生活を終えた次の日のことだった。

「はー……軍学校、頭足りねえとか……笑えねえだろ」

 ミドルスクールをなんとか卒業こそしたものの、エイトは次の希望進路であった軍学校への入学を拒否されていた。

 エイトが住むこの『デザキア』の街では、軍人と言ったら男児の憧れ。危険な仕事のためにイコール老若男女問わず人気があるかと言われるとなかなか難しい職業ではあるが、それでも命を懸けるだけの価値はある輝かしい職種であることには変わりない。

 大陸南部にある中規模の街であるデザキアには、軍隊は陸軍のみが設立されている。魔力を遮断する砂嵐に護られた大陸南部一帯の砂漠地帯。そこのほとんどを手中に収める砂漠の国の玄関口であるデザキアには、陸軍以外は必要ないためだ。

 南部一帯を吹き荒ぶ砂嵐のために、この地方での移動は陸路に限られる。魔力を動力源にした乗り物の類は、細かい砂塵が入り込むために全て無意味な鉄の塊と化してしまうためだ。

 砂漠の移動には危険が付きまとう。それは古からその地を闊歩する殺戮兵器然り、大型に進化した狂暴な野生モンスター然り。

 古の時代、今より文明が遥かに進んだその昔、この地方には高度な機械文明が栄えていたらしい。その文明は乗り手のいらない無人の機械兵器達を駆使して、今から考えれば異常なまでの発展を遂げていたという。しかしそれも今では昔の話。今ではその文明は衰退し、主亡き今、その殺戮兵器達は『砂漠の敵を殲滅する』という古からの命令を元に、砂漠を横断する者を見境なく襲っているのだという。

 大型の野生モンスターも脅威のレベルで言えば同等である。爬虫類をそのまま大型化したような種類が多く、サソリやトンボといった硬い鱗状の外皮に覆われたその体躯は、単純な体当たりだけでも充分な脅威となる。生物本来の機動力も損なわれておらず、街への実際の被害は機械達よりもこちらの方が多い。人の血肉を好む種類も多いためであろうと、昨日まで在籍していた学校の教科書には書いてあった気がする。

 そんな外敵の脅威から街を守るのがデザキアの陸軍の仕事だ。危険地帯である砂漠に面した城壁を昼夜関係なく巡回し、海に面した港からは『他国の人間』という外敵が入り込まないように目を光らせる。本来ならば海軍が併設されるべきところなのだろうが、そもそもこの街――ひいてはこの地方とも言える――を襲撃“出来る”戦艦といったものは世界中でも皆無であった。

 この地方一帯を覆い尽くす砂嵐のために、魔力を動力源とする大型戦艦の類は港に近づくことすらもままならない。小型の軍用船等は動力源が魔力だけではないので侵攻は可能だが、そもそも陸地に上がれば主力となるのは人の魔力である。武器に長けた人間を送り込むにもその数を送り込むことが困難であり、そこを理解した上でデザキアの陸軍は魔力に頼らない武器の扱いに長けた人選で構成されている。

 わざわざそんな色々な意味で『不明瞭』な土地に貴重な戦力を裂く他国はおらず、今のところは大陸を纏める本部の意向に皆が倣い、表面上は平和な日常というものがおくられている。

 空路と海路が遮断されているこの地方では、当然物資も陸路を進むことになる。そこには軍の武器弾薬もあれば、国民の生活品も多く含まれている。また国土のほとんどが渇いた砂漠地帯のために、この地域では収穫の難しい野菜等を確保するために、少ないながらも他国からの貿易品もあるのだった。

 砂漠を進む物資の運び人は、古くから続く商人の家系が引き受けていた。彼等は軍隊さながらの武装を整えて死の砂漠に臨む。時にはそこに他国の冒険者等も同乗しているらしいが、この国に害がない者達に対しては砂漠の国は寛容であった。まるで『砂漠の渇きで死ぬのは勝手だ』とでも言うように。

 デザキアもそれに倣って、砂漠の玄関口として昼間のみはその門を開放して、訪れる者達に砂塵の中での一滴の水のような、そんな一時の休息を与えているのだ。

 そのためこの街には、長い砂漠縦断に向けての準備のために、たくさんの商人や冒険者が立ち寄るのだった。玄関口ということもあり、首都の『デザートローズ』よりもデザキアの市場は活気があるという噂だ。

「オレは無職で、あいつは屋敷の使用人って……」

 エイトは今朝聞かされた幼馴染の就職先を思い出し、思わず呻いた。

 命を充分に脅かす存在が蠢く砂漠には、それこそ腕に覚えのある者達しか挑むことがなかった。物流が商人達頼みな砂漠の国にとって、そんな彼等はまさに英雄であり、生命線でもあるのだった。

 デザキアでも名の通った豪商『フリン・スペンサー』が住む大豪邸。平凡な家の出であるエイトでも名前を知っているぐらい有名なその大豪邸は、とても『珍しい募集』を行っていた。

 上流階級に縁のないエイトには詳しいことはわからないが、幼馴染が上気した顔で語った話によると、スペンサー邸の主であるフリン・スペンサーは、使用人に男ばかりを起用しているらしい。それは『女嫌い』もしくは『男好き』ではないかと言う噂が立つ程に徹底的で、異常と言える程には病的だった。

 そんな彼が、いきなり「女性の使用人を一人雇う」と言い出したのだ。金持ちの考え等わからないが、どうやら可愛い幼馴染は、その金持ちの気まぐれに上手くしがみつけたらしい。

 幼馴染の彼女の名前は、デミと言った。住んでいた家が隣同士だっただけの、本当にどこにでもいるような幼馴染は、年頃を迎えて綺麗になったと思う。

 砂漠の民の血を濃く受け継いだその茶髪は赤に近い色合いで、そのよく感情の現れる大きな瞳は愛らしさすら浮かぶ緑色だ。強い日差しに晒された肌は年中小麦色をしており、彼女の元気いっぱいの姿を更に際立たせる。

 外見だけでなく中身も元気いっぱいの、それはそれは明るい女の子だったが、その反面草花を愛するという女の子らしい一面も持っていた。思い出されるのはとびきりの笑顔で笑う彼女の顔ばかりで、ただの一度も彼女の暗い表情なんて、エイトは見たことがないかもしれなかった。

 その持前の人当たりの良さとでも言うのか、明るさと元気さで大豪邸の使用人という立場を得た彼女は、決意を胸にした表情で、今朝、エイトに宣言して実家を出たのだった。

『使用人として家事の腕を磨いて待っているから。エイトが迎えに来てくれるの、待ってるからね』

 普段と同じ笑顔で、そう言った。自分は待っているから、と。

 砂漠の国は貧富の差が他の国より激しいらしい。もちろん他国にもスラムは存在するが、この砂漠地帯の国のスラムは、それらを優に凌駕する規模で広がっているらしい。

 エイトが住む地区は平凡な家系の家々が並ぶ質素な街並みではあったが、比較的スラムに近い部類に入る。上の階級にのし上がるには、貧乏人には軍属に就くという道が一番手っ取り早い方法で、エイトも“育ての親”からなんとしてでも軍人になるようにと、様々な『教育』を受けて育った。

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