第42話 さすがは商人、さすがは淫魔

「アンタら遅いぞ! 一体何やってたんだ!」

「て、てめェまさかカオルに手出したんじゃねえだろうな……っ」


「みみ皆さん落ち着いてください! 私共わたくしどもにも事情がありまして……とにかく、これより報酬をお渡しいたします!」


 作業と戦闘を果たし、やっとの思いでギルドに戻ると、扉を開けた瞬間けたたましい怒号が飛んできた。

 何時間も待たされて痺れを切らした人たちによる、荒々しい出迎えだ。

 中には血走った目でリエフさんを睨む人までいる。


 それもそのはず、カオルはこの場にいるメンバーにとってはアイドルだ。

 そのアイドルと、彼女にあからさまな色目を使っていたリエフさんが、お互い何やら疲れた様子で帰ってきたのだから、何かよからぬ発想が脳をよぎったんだろう


 屈強な冒険者たちが、より屈強なリエフさんへ、恐れもせずに詰め寄っていく。


 しかしながら、彼がジャラジャラと鳴る袋を取り出すと、喧騒はすぐさま静寂へと変わった。

 いや、数人はリエフさんとカオルを交互に見ながら、鼻息を荒くしたままだ。


 でもとにかく、やっぱりみんな目先の報酬には弱いみたいだ。


 リエフさんもそれを分かっていて、下手に釈明せずにお金を取り出しんだろう。さすがは商人だ。お金の使い方をよく理解している。


「はいどうぞ。はい。今日は皆さまに頑張っていただきましたので、色を付けておきましたよ」


 それぞれが袋を受け取り、貨幣の擦れる音がギルド内を満たしていく。

 冒険者たちはみんな袋の中を確認し、一様に驚きの声を上げた。

 つまり、期待できる量ということだ。



 ——そう思っていた矢先、問題は起こった。


「はい、どうぞ」

「ん? なんか少なくないですか?」


 カオルがいぶかしげにリエフさんを見つめている。

 その手に揺さぶられる袋からは、確かに他よりも小さな音しか聞こえなかった。


 ……ピリついた空気をなだめるように、穏やかな声でリエフさんは言う。


「いえいえ、適正ですとも。それぞれのに合わせてお支払いしているのですから」


 一切嘘のない、既に説明された通りの文言。


 それが逆にカオルの神経を逆撫でしたのか、彼女の声は嫌味っぽさを増した。


「まあ仰る通り、私自身はそんなに石炭掘ってませんけどねぇ、何かお忘れじゃあないですかぁ〜?」


「何か、とは?」


「いやほら、あなたさっき『皆さまに頑張っていただきましたので』って言いましたよねェェェ〜。それは一体誰のおかげだったのか、もう一度よく考えてほしいんですよォォォ〜」


「なるほど。それは間違いなく、サキヤ殿のおかげです」

「なら——」


「ですが、サキヤ殿ももう一度お考えになってください。あなた、戦闘の中で一体何をお使いになりました?」

「え?」


 リエフさんは、カオルを見下ろすようにニヤリとほくそ笑む。

 言われたカオルは、何のことだかまるで分かっていないみたいだ。というか、僕も分からない。


 すると、マルカが思い出したように口を開いた。


「あ! ツルハシと石炭!」

「「あああーっ!」」


 そうだ。幻覚にばかり気を取られていたけど、カオルが使った武器はそれだけじゃない。

 アドラに向かって投げて回収しきれなかったツルハシ、粉塵爆発を警戒させるために砕いてばら撒いた石炭。

 それらは全て、リエフさんの管理下にあったものだ。


「こちらで差し引いておきましたよ。ああ、お二人の分はキッチリお支払いするのでご心配なく」

「いや待った! 確かにその言い分は正しい。だがそれと比較しても、貢献度の方が上のはず! だって、みんながあれだけ頑張れたんだから!」


「ハァー。そもそもですね、私はあなたのおかげで危険に巻き込まれたのですよ。それにサキヤ殿、あなた、周囲にバラしたくない秘密があるのでしょう?」

「うぐっ、ぐぐぐぐぐぐ……」


(これは、勝てないな)


 人前で取り繕っていた性格も、サキュバスという正体も、魔法が使えるという事実も、全てが彼に知られてしまっている。

 やられた。、交渉の余地が無い。……さすが商人。


「では、そういうことで」


「くっそぉぉぉ〜」

「まあまあ、カオルさん……」


 たてがみを揺らし去っていく彼の背中は、淫魔の鋭い眼光をものともしないほど、非情なまでに威風堂々としたものだった。


 ———完全敗北。それを受け入れ、僕たちも帰ろうとしていたところで


「な、なあカオル。よかったら、コレ……」


 1人の冒険者が、カオルに声をかけてきた。

 見ると、彼の手には数枚の硬貨が握られている。


「俺たちが頑張れたのは、君のおかげだ。だから、せめてものお礼に、受け取ってほしい……」


 そう述べる彼は、まるで一世一代の告白でもするかのような面持ちで、つい応援したくなるくらいにはその純情が伝わってきた。


「いえそんな。私は少しでもみんなの力になりたかっただけです。あなたに頑張ってもらえただけで、十分嬉しいですよ」


 けれどカオルは、その感情ごと押さえ込むように彼の手を握り、自分の胸元へ置いた。

 そして聖母のような微笑みと言葉で、今にも呼吸が止まりそうになっている彼を、完全に捕らえてしまった。


「ね。だからコレは、あなたが持っていて」

「い、いい、いや、どうしても君に渡したいんだ!」


 純情を見事に利用されてしまった彼は、床に置かれていたカオルの報酬袋に、有無を言わさず自分の硬貨を突き入れた。

 その瞬間の、カオルの最低な笑顔を、僕は一生忘れないだろう。


(さすがは淫魔だ。男心の使い方をよく理解してる)


 こんなことをされたら、カオルはお金を。誰が見たってそう思う。

 だから、彼女は何の遠慮もためらいもなく、それを受け取れる。


 そしてこうなってしまえば、後はどうなるか?


「お、俺だってお前のおかげで……!」

「フッ、私はもっと感謝しているよ」

「こ、これ全部やるからっ!」


 そう、決して落札者の現れないオークションが始まるんだ。


「そんなっ、困ります……っ」


 またも男たちに取り囲まれる中、カオルはやけに磨きのかかった白々しい清純さで、容赦なく価格を釣り上げていく。


「お前ら……ほどほどにしておけよ?」


 傍目から一連のやりとりを見守っていたギルドの支部長が、僕とマルカの方へ来て耳打ちする。


「「あ、あはは……」」

 僕たちはぎこちなく笑うしかなかった。


「みんな、ありがとう。機会があれば、ぜひお返しをさせてくださいね」


「「「「「うおおおおおおお!!!!!!!!」」」」」


 この光景をリエフさんが見たらどう思うだろう。

 彼は勝ち誇った様子で去っていったけど、蓋を開けてみれば、最初から最後までカオルの一人勝ちだった。

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