第41話 ショタコンの名が泣くってもんだ

 アドラは自分の上にカオルが跨っていると錯覚したまま、まともに動かない体を必死によじり、ジタバタと抵抗する。


 当のカオルは、哀れな彼の醜態をたのしんでいる様子だ。


 冷酷な笑みをたたえて男を見下ろす彼女。その美貌からは、普段の男を誘う色香ではなく、絶大な威圧感が放たれている。


「私の質問を覚えているかな? 元老院とサキュバスについてだ。きみなら何か知っていると思うんだが……」


「っ……はぁっ……」


「チッ、まだ足りないか」


(でもこれって、やりすぎかも……)


 アドラは答えない。というより、もう何も答えられないように見えた。



「カオル、もうやめよう。たぶん、アドラは本当に何も知らないと思う」


 気づけば僕は、白衣を引いて彼女を止めていた。


 同じ男として、犯され苦しむアドラを、これ以上見ていられなかったから

 ————いや、男を犯し愉しむカオルを、これ以上見たくなかったから。


 命がけの戦闘の後で気が立っているのはわかる。

 貴重な情報を限界まで聞き出したいのもわかる。


 でも今の彼女は、目的が逆転してしまっているようにしか思えない。

 馬車に乗って戦っていた時のやりとりで、アドラが何も知らないだろうということは、カオルも理解していたはず。だから幻覚を使うにしても、「念のために使う」程度でいいんだ。


 なのにカオルは、まるで鬱憤を晴らすようにアドラをいたぶっている。


(こんなの……カオルらしくない)


 彼女を長く知っているわけじゃない。だけど、本来の彼女がこんな人だとは到底思えない。

 以前能力を使った時とは、どこか雰囲気が違う。


 この人はもっと子どもっぽくて、こんな拷問じみたことより、からかいを好むタイプのはずなんだ。


『いつものカオルと違う』——その違和感が、僕の胸を支配する。

 まるでカオルが僕たちを置いてどこかに行ってしまうようで、それが……怖い。


「だから、もう……やめて」

 ほんの少しの違和感。だけど、彼女を引き止めるには十分すぎるものだった。


「——ッ」


「カオルさん」


 マルカも何かを感じ取ってくれたのか、寄り添うように僕の両肩へ手を置き、カオルを一瞥する。


「……ふぅーっ、そうだねユウくん。その通りだ。これ以上聞き出せることはない。ようやく手がかりに近づいたものだから、つい熱くなってしまったよ」


 そう言って、カオルは「やれやれ」と自嘲しながら、僕たちに微笑んだ。

 燃え盛っていた瞳の色は落ち着き、穏やかな光を取り戻していた。


「こんな男に執着するなんて、私らしくないな! ショタコンの名が泣くってもんだ!」


「それって自分で名乗るものなんですかね……」


 すっかり元に戻ったカオルは、満面の笑みで僕を抱き寄せ、頭をなで回す。


 そんな彼女に、僕とマルカは呆れつつも安心して、お互いに苦笑しあった。



 〜〜〜〜〜



「サキヤ殿〜、再度確認しますが、本当に大丈夫なのですね?」


「大丈夫ですよ。最後に『リエフさんたちは私に脅されて協力していただけだ』って暗示かけときましたから。うまくいってれば問題ありません」


「し、信じますよサキヤ殿……」



 アドラを散々しぼり上げた後、僕たちは再び馬車に乗り込んだ。

 本日何度目かの出発。馬の表情は見えなくても、息遣いや足取りで、その疲労が伝わってくる。


 ところで、アドラはどうなったのかというと、実はさっきの場所に放置したままだ。


 カオルが言うには、もう少し時間が経てば無事に目覚めるらしい。

 そして自分の予想が正しければ、今回の件で裁かれることはない、とのことだ。

 その根拠は、おそらく衛兵隊の総司令官にある。

 カオルの口ぶりからして、きっと総司令官は彼女の後輩。カオルのことが大好きな後輩さん。


(なら確かに、カオルの余裕も頷けるかな……)


「おっ、珍しくユウくんがため息ついてる」

「いやなんか、力が抜けちゃって」

「私もヘトヘトです〜」


 戦いが一段落したことを改めて確認した僕たちは、警戒を解いてようやく一息つく。


 ガタガタと揺れる帰路の途中では、アドラが馬車の下から這い出てきたことなんか、とっくに笑い話になっていた。

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