第40話 淫フェルノ
幻覚の中で淫魔に犯され、もがき
僕には、彼女の落ち着いた美貌の奥に、いたずらっ子のような眼差しが潜んでいるように見えた。
「何度も確認して申し訳ないが大事なことなんでね。君の能力——誰に貰った?」
「ッ……誰が、教えるか……」
「うーん、強情だなぁ。もうちょい
カオルは尻尾をくねらせ、その先端でアドラの体をつついていった。
首筋から鎖骨へ、脇腹から
「ふぅぅ〜ん、ここが気持ちいいんだ」
女神のような微笑をたたえた淫魔は、男が快楽の渦に抗う様をしっかり見定め、尻尾を彼の体に這わせるように走らせる。
柔和な笑顔が貼りつく下で、ヒタヒタと、
「ほらほら、言わないと続けるぞ。まず『フレームレート 』、あれは動画や映像の概念がなきゃ出てこない言葉なんだよ。私はアグトスの町しか見ていないから断言できないが、この世界じゃ写真が限度ってとこだろ——私が何を言っているのか分かるかな?」
カオルは要所要所で声量を落とし、すぐそばにいる僕とマルカにだけ聞こえるように話す。
「ぐっ……あうっ……」
「男が
これはひどい。色々とひどい。サキュバスらしくはあるけれど。
下半身に巻きつけた尻尾は、アドラの股間周辺を走り、危うく
焦らすようなその動きに、僕は無意識のうちに生唾を飲んでいた。
一緒に見ていたマルカも、純真で幼なげな顔に、確かな羞恥の色を浮かべている。年頃の少女には刺激が強い光景だ。
「あの、ユウ殿……きみの姉上は、いつもああなのですか? 弟の前で、あのような……」
「いえ、普段は淑やかな姉なんです。たまにああなりますけど、いつもは優しくて美人な、自慢の姉なんです。本当なんです、リエフさん」
呆れか畏れか、どちらともつかない様子で近寄り聞いてくるリエフさんに、僕は至極真面目に返事をする。自分でも驚くほどに、スルスルと嘘が口をついて出た。マルカも笑いながら肯定してくれたけど、「よくもまあそんな……」という心の声が漏れていた。
僕だって罪悪感はある。でも、姉の体裁を保つのは弟としての大切な役目だ。多少の詐欺は仕方がないんだ。
「そうですか……いやそれより! あれは一体どうなっているのですか? 魔法というものは、あんな芸当まで可能にするのですか?」
「ごめんなさい、魔法については、僕もよくわかってなくて」
とても大事な質問も、無邪気な素振りで受け流す。だけどよくわかっていないのは嘘じゃない。
「ほう。今日1日で様々な彼女を見させていただきましたが……ふむ、悪くない」
「ええっ」
僕より先に、マルカが驚愕の声を漏らした。
(……罪悪感薄れてきたな)
意外や意外。リエフさん的に、ああいうサディスティックな女性はアリだった。
でも確かに、不審な部分があったり性格に難があったとしても、カオルが女性としての魅力に溢れていることに変わりはないし、気持ちはわかる。わかる? いや、うーん……
「ねぇ、アドラ、もう限界なんでしょ? さぁ、イッて♡」
「あああああ! わかった! 言うから、もう……」
便宜を図っている間に、こっちは決着がついたみたいだ。あれだけ強気で揺るがなかったアドラが、ついに懇願の悲鳴を上げている。
「『FPS』は
アドラが喋り始めると、カオルはようやく尻尾を離し、真剣に耳を傾けた。同時にアドラの体は痙攣を止める。幻覚の中のカオルも、彼を解放したのだろうか。
「総司令? 衛兵たちのトップってこと? 名前は?」
「ッ! それは……」
「言えるよね? もうイキたくないもんね?」
本気で情報を聞き出す必要があるためか、カオルは一切の容赦がない。なんだか彼女の周りにドス黒いオーラが見えてくるくらいだ。僕もカオルの瘴気にあてられてしまったのかな。
「エルゼ総司令だ! 頼む、これ以上はっ」
「エルゼ……」
アドラの口からその名が出た途端、カオルは目を細め、少し黙った後、ニッとほくそ笑むように口元を歪めた。
「ンフフフフフフ、だいぶ分かったよ。なぁアドラくん、君はその能力を貰うにあたって、fpsとは何かを学ぶ必要があっただろ? その時、総司令と一緒に
カオルは心の底から楽しそうに、アドラへ質問を投げかける。僕とマルカ、そしてリエフさんは、カオルの言いたいことが理解できずに顔を見合わせた。
「エルゼと何をして遊んだか、当ててやろうか……ストリートグラップラー、だろ?」
(なんだっけ? それ……)
僕たちはますます頭が混乱して、ただ固唾を飲んでアドラの返答を待った。
「なに、言ってんだ、お前……」
けれど、肝心のアドラですら、彼女の真理を見抜けていない。息も絶え絶えの中、困惑を見せるだけだ。
その反応はカオルにとっても虚を突くものだったのか、彼女はしどろもどろになって目をパチクリさせた。
「そ、そんな……ッ! じゃあアレか⁉︎ 鉄筋⁉︎ ……それも違うのか。ならクイーンオブファイターズ⁉︎ ブレイレッド⁉︎ スマッシュシスターズ⁉︎ ……大穴で
サキュバスとしての威厳をかなぐり捨てて、なんとなく聞き覚えのある言葉を並べ立てていくカオル。
「——ってコトは、ギルティホイール! これだァ!」
決め台詞でも吐くかのように、力強い声でカオルが宣言すると、アドラは体をピクッと反応させて、口を横一文字に結んだ。これは図星に違いない。
そして僕も、ここでやっと気づいた。カオルが羅列した言葉たち、それは——『格闘ゲームのタイトル』だ。
そういえば、僕の仲間にも格闘ゲームが好きなやつがいた。確かにあいつも、フレームがどうのこうのと騒いでいた記憶がある。なるほど、fpsを学ぶのに格闘ゲームはうってつけかもしれない。
(となると、エルゼ総司令は格闘ゲームをプレイできる環境をこの世界で実現しているということだ。間違いなく元老院のメンバーだな……あっ、もしかして)
「ユウくん、これもユウくんがいた世界の話ですか? 私には何が何だか……」
答えに迫りかけたところで、マルカがきょとんと聞いてきた。
「うん、そうだよ。機会があったら教え————ッ!」
余計な混乱を増やさないように、彼女とこそこそ話していた時、視界の端で、アドラの膝が上がっていくのを捉えた。
「カオル! アドラが起きようとしてる!」
「なにィィィィッ⁉︎」
僕がそれを伝えると、カオルは驚き飛び上がり、その勢いのままに、アドラの腹に跨った。そして彼のまぶたを無理やり指で押し広げ
「オラァ! 催眠ッ!」
「ぐああああああ!」
雑に、雑にアドラを淫獄へ引きずり戻した。
「ふぅー、油断も隙も無いなまったく。精神力強すぎだろコイツ、こんなに早く起きるとは思わなかった」
「くそっ,くそォ……あと少しで……」
無惨にも再び幻覚に囚われるアドラ。彼はもう泣き出す寸前といった様相だ。だけど下手に弱さを見せれば、それはカオルの嗜虐性を引き起こす要因になるだけだ。きっと彼もそれを分かっているから、必死に抗っているんだ。
カオルのような美女と交わるなんて、普通の男ならそれこそ夢見るものだ。だけど今、実際にその夢を見せられている男の姿は、とても羨ましいと言えるような代物じゃない。
精気を搾り取られる幻覚というものは、ただの快楽責めとはわけが違う。それはつまり、命を吸い尽くされる感覚。身を任せるなんて以ての外。だからといって抵抗すれば、当然苦しむ時間が増えるんだ。なんて恐ろしい。
でも、あのアドラがあんな短時間で折れかけるなんて、一体どれほどの行為なんだろう。正直、興味がないと言えば嘘になる。
(もし僕があれにかかったら、どうなってしまうんだ……僕が、カオルに……)
「ユウくん、鼻血が! 大丈夫ですか⁉︎」
「おや、ユウ殿、怪我をしていたのですか?」
「え⁉︎ う、ううん……大丈夫」
よからぬことを考えて上気していると、マルカとリエフさんが心配そうに僕を見ていることに気づいた。カオルだけを見ていたはずのリエフさんも、この時ばかりは僕を気遣ってくれた。やっぱり、彼は根が紳士なんだろうな、ちょっと変態だけど
(それにしても、こんなことで鼻血なんて、子どもか僕は……あ、今は子どもか)
鼻血を服の袖で拭いて、カオルとアドラをまじまじと見る。
2度目の催眠をかけたカオルは、先程とは打って変わって、こめかみに青筋を浮かべ、アドラに跨ったまま彼の体を押さえつけている。
「せっかくサキュバスとしてカッコよく振る舞っていたところだったのに……君のせいで台無しだぞ? アドラ。格ゲーの件だって、君が自分で答えていれば、私が慌てる必要もなかったんだ……」
カオルは半ば八つ当たりのように、アドラの体を撫で回す。今の彼女にとって、眼下の男はおもちゃに過ぎないんだ。
「まっ、待て! 『FPS』の話はもうしただろ! だから……」
「なぁぁぁぁぁぁに勘違いしてるんだ。私は『
カオルの放つ気が、格段に重くなった。今頃、アドラの目の前には、有無を言わさず雄を喰らう怪物がいるのだろう。
「ヒッ……や、やめろ……来るな……来るな……俺の上にまたがるなああーーーーッ」
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