第37話 frames per second その3

「揺れが酷いな……」


 僕は銃のセーフティを外し、荷台の上で腹這いになる。

 本来この構えは遠距離射撃向きで、うつ伏せの姿勢は視野も狭くなるから、上下左右に跳びながら走ってくる相手を狙うのには適していない。でも、この不安定な環境でまともな射撃を行なうには、少しでも接地面を増やして、振動を分散させるのが最適解だった。


 肘を立てて銃を固定し、カオルによって改良されたスコープを展開する。バイザー型の横に伸びたレンズが、両目の前に広がった。

 カオル曰く、「子どもの頃に読んだ漫画に出てくる『戦闘力測定器』を元にしたもの」らしい。僕が電子資料で読んでいた作品にも、それっぽいものがあった。まさか実物を目にする日が来るなんて。

 パイルの事と言い、彼女とは思った以上に趣味が合うかもしれない。


(それにしても、200年以上前の漫画アイテムをモデルにする辺りに、カオルのこだわりが見えるよ)


 実用性だって抜群だ。狙いやすくなるだけでなく、このレンズが光を集めてくれるおかげで、狭まり暗くなった視野がある程度は改善される。


(よし……ここっ!)

 に当たらないよう注意して、20mほど先にいるアドラの足元を狙う。幾度となくやってきたことだ。人に銃口を向け、引き金を引くこと自体に、躊躇いは無い。


 ダンッ————バスッ


「ちぃッ! ンだそいつはァ! 今ぶっ放したのは銃弾か? それは銃なのか? この距離を6フレームで飛んでくる弾……そんなタイプは初めて見るぜ!」


(ッ⁉︎)

「避けた⁉︎」


 放たれた弾丸は、僕の、アドラに当たることはなかった。でも、その過程に挟まれた動きだけは、予想だにしていないものだった。

 隣のマルカも目を見張り、その光景を受け入れられずにいる。


 今、アドラは完全に。僕が外すように撃ったのとは関係なく、彼は銃口が光るのを見た瞬間、それまで走っていたコースラインを変更し、横に逸れて着弾地点から逃れた。


(この銃の弾速は、秒速800mは下らないはず。それを…………これが、彼の能力なのか)


 なんとなく分かってきた能力をカオルに伝えようと、僕は彼女の方を振り向く。だけど彼女は相変わらず、隣を走る馬車の方へと身を乗り出し、御者をやる部下さんと話していた。


 乗り出した姿勢のカオルは、色々と官能的な部分が強調されていて、横から見てもすごく色っぽく感じた。あれはきっと、正面近距離の破壊力は凄まじいだろうな。ほらやっぱり、部下さんの顔が赤くなってる。


(——じゃなくて!)


 よこしまな気持ちを振り払い、敵へと向き直る。

 どうしてだろう、カオルと直接出会ってから、何故かいつも彼女のことが気になってしまう。にいた頃は、戦闘中に余計な事を考えるなんてあり得なかったのに。


(……そうだ。余計な事は考えなくていい。こっちに集中するんだ)


 頭の中で少しずつ情報を組み立てながらスコープを覗く。

 レンズには、ターゲットのおおよその身長や、銃との距離が計測されて表示されるようになっている。カオルが銃を改造するにあたって、一番苦労した部分とのことだ。


「身長180、距離23」

 僕はそれを確認し、トリガーへかける指に再び力を入れた。


「ユウ殿っ⁉︎」


 後方から、状況に追いつきつつあるリエフさんの、驚きに満ちた声がする。

 やっぱり、この世界だとは相当に珍しいものみたいだ。

 僕たちとは違う、平和な意識。少年兵が必要とされない、平和な世界。それがここにあるのだろうか。


(少なくとも、今は平和じゃないけど……!)


「き、君はいったい——」


 リエフさんの声を遮り、銃口が軽快に火を噴く。マズルフラッシュと共に、3発の弾が発射される。


「おおおおおッ⁉︎ 連射速度まで異常じゃあねーか! しかもこんなガキが使いこなしてやがる……小僧、やっぱテメーも連行対象にするぜッ! テメーらが何者なのか、確実に調べてやるッ!」


「ユウくん! どんどん近づいて来てますよ!」


 どうすることもできず恐怖に震えるマルカが、心配そうに僕へ声をかける。

 僕自身も、鬼のような形相で迫る長髪の男を前に、言い知れぬ威圧感を覚えていた。


 アドラは僕の射撃を掻い潜り、歩幅を次第に大きくしながら、確実に馬車との距離を縮めてくる。


(このままじゃ捕まる……!)


 その時——


「おまたせ!」


 並走する馬車の御者さんと話していたカオルが、数本のつるはしを抱えて、ようやくこっちに戻ってきた。


「カオル!」

「カオルさん!」


「これを受け取るのに時間がかかってね。やっぱ走行中の馬車から荷物取るのって大変! そっちの部下さん、手伝ってくれてありがと〜!」


 手を振りながらお礼を言われた部下さんは、とても嬉しそうに手を振り返す。


 カオルが僕に足止めをさせたのは、このためだったんだ。

 横を走る馬車には、僕たちが回収した石炭と、それを掘るために使ったつるはしが大量に積まれていた。


 そして彼女は、つるはしの束をゴトリと荷台の上に落とした後、その中の1本を肩にかつぎ、さらに1本をアドラに突きつけて、「次は私のターンだ!」と高らかに宣言した。


「なにが『ターン』だッ! テメーはこのまま何もできずに、俺に捕まるんだよォォォォォォッ!」


 カオルの余裕綽々な姿を見たアドラは、額に青筋を立て、その異常な脚力で、道脇に生えた大木の枝へ一瞬にして飛び上がった。


(あの高さ……そしてあの脚……! 次を受けるわけにはいかない!)


「させるか!」

 カオルは荷台の縁ギリギリに立ち、持っていたつるはしを、アドラのいる木へ向かって投げつける。だけど命中した感覚は無く、ただ木の葉が舞うだけだった。


「バカがッ! 銃よりおせぇ攻撃が当たるかッ!」


 アドラの声が上空からこだまする。ほんの1〜2秒の間に、彼はさらに木を登っていた。


「狙えない……っ」

 僕は影を必死に目で追い、銃を構えたけれど、スコープ内は木を飾る豊かな緑で遮られ、アドラの姿を捉えることはできなかった。


「もいっぱあああああつッ!」

 カオルは諦めずに、残っていた方のつるはしを投げる。——でも、届かない。こうしている間にも馬車はどんどん山道を暴れ走り、アドラとの距離を広げていたんだ。


「くっ……」

 カオルは再度つるはしを持とうと、後方にある束へ向かう。それはつまり、敵に背を晒すという行為だった。


 当然、アドラは見逃さず


「背中を見せたなッ! もらったアアアアアッ!」


 遥か高みから、一直線にカオルへと蹴りを撃った。

 投擲物が届かないほどの距離をものともせず、必中の予感を持って、その足が、視界の中で大きくなる。


「……っ、お前だって、姿を見せた!」

 僕は瞬時にトリガーを引き、対角線を描いて弾を連射する。極力、頭や心臓に当たらないようにしながら。

 馬車の振動のせいもあって、それは弾幕のように空中へ広がっていく。


「なめてんじゃあねーぞクソガキッ! FエフPピーSエスッッッ!」


 信じがたいことに、アドラは弾がバラけるよりも早く空中で身を捻り、弾幕を避けた。そして自分の真下に来た弾丸を足場に使い、さらに蹴りの勢いを強化してしまった。


「そんな……!」

「カオルさん! 危ない!」

「サキヤ殿!」


 全員が「カオルに当たる」と確信し、彼女に駆け寄る。

 だけど、あれだけの高さから、あれだけの速さで放たれた一撃だ。仮に身を挺して盾になったとしても、カオルごと吹き飛ばされてしまうかもしれない。


「くらえッ、カオル=サキヤ! 1人目確保だッ!」


(カオル……っ)

 最悪の事態を思い浮かべ、つい目を瞑ってしまう。


 ————ヒュンッ

「うぐぁっ!」


 けれど直後に聞こえて来たのは、鞭がしなるような音と、アドラのうめき声だった。


「かかったなアホが!」


「え……?」


 目を開けるとそこには、アドラに背を向けたまま、底意地の悪そうな顔でニタリと笑う、いつものカオルがいた。


 ——いや、「いつもの」じゃない。


 彼女の頭からは、金色の羊角が赤髪を押し除け生えている。

 彼女の腰からは、悪魔のような尻尾が生え、白衣の裾を押し上げて、外へ流れ出ている。

 その尻尾の先はつるはしに絡みつき、威嚇するかの如くうねる。


「能力を持っているのが自分だけだと思うなよ、アドラ=アバローナ」


 立ち上がって、彼女は蒼炎の瞳を輝かせながら、地面に転がり口から血を流すアドラを見下ろす。


 そう、カオルはこの土壇場で、サキュバスとしての姿を現したんだ。

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