第33話 穴掘りマッチポンプ

「えー、皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。現場監督を務めさせていただきますリエフと申します」


 翌朝、僕たち3人は時間通りにギルドへ集まって、他の冒険者たちと一緒に依頼主の話を聞いていた。

 今朝はやけに男性の冒険者が多くて、驚くことにそのほとんどが炭鉱作業の依頼を受ける人たちだった。

 昨日カオルをじろじろと見ていた人たちも、同じく話を聞いている。やっぱり、みんなカオルを警戒していたんだ。


「ユウくん、あれって……」

「うん……」

「あ、あんまり見ると失礼ですよっ」


 隣にいたカオルがヒソヒソと話しかけてくる。マルカの言う通り、失礼ではあるけれど、僕とカオルはリエフさんから目が離せなかった。


 そう、人の多さより何より、僕たちが一番驚いたのは——


 依頼主であり現場監督のリエフさんが、獣人だったことだ。


 青い作業着風の衣服に包まれた恰幅の良い体、それだけでも目を引くけれど、まくられた袖から覗く腕や、たてがみのような髪の毛、そしてそこから飛び出た耳が、圧倒的な存在感を放っていた。この人はきっと、ライオンの獣人だ。

 この世界に獣人がいることは既にマルカから聞いていたけど、実際に目の当たりにするとかなり衝撃的だ。


「皆さまには、これから班ごとに分かれて、馬車で現場へ向かっていただきます」


 僕たちの驚愕を知ってか知らずか、リエフさんは淡々と説明を進めていく。

 班分けと聞いて、周りの人たちはソワソワしているように見えた。


 〜〜〜〜〜


 僕たちは運良く同じ班になり、一緒の馬車で行くことになった。マルカは僕たちと離れないかドキドキしていたようで、すごく安心した顔で息を吐いて荷台に乗った。


 乗車可能数はあと1人で、誰が乗るのかと思っていたら、なんとリエフさんが同乗すると言ってきた。どうやら、カオルに話があるらしい。

 周りの男たちが職権濫用だの何だのと意味のわからないことを喚く中、彼は問答無用で乗ってしまった。

 乗り終えるその瞬間まで、僕とリエフさんに刺すような視線が飛んでいたのは気のせいだろうか。


「どうも改めまして、リエフ=リオネスと申します。サキヤ殿が参加してくれて、とても助かります」


 馬車が走る中、彼は至極丁寧な態度で話しだした。荒々しく強そうな見た目とは裏腹に、中身は紳士なようだ。しかも顔も整っている方で、僕はなんだか男として負けた気になった。


「私がいて助かる、とは?」


「炭鉱での仕事はどうしても男所帯になるうえ、報酬金以外での魅力がありませんから、人が集まりにくいのです。ですがあなたのような美しい方が加われば、話は大きく変わります。現に、今回はかつてないほどの参加者を得ることができました。美人冒険者の噂を聞きつけて、アグトスまで足を運んだ甲斐があった」


「あらそれは何より。お力になれるなら嬉しい限りです」


「いやはや、頭が上がりませんよ。しかし、噂に違わぬ、いや噂以上にお美しいお方ですね」


「いえそんな、もったいないお言葉です。でも、ありがとう」


 屈強で若くイケメンなリエフさんに対して、カオルは淑女モードに入っている。落ち着いた2人の雰囲からは、僕とはかけ離れた「大人な感じ」がした。


「ユウくん、やっぱり男の人って、カオルさんみたいな女性が好きなんですね」

「うん……だけど、なんだかなぁ」


 隣に座っていたマルカと、小声でやるせない会話をする。

 これは嫉妬なんだろうか。僕は別にカオルの恋人でも何でもないのに、彼女を取られたような気分になってしまっている。

 カオルは少年好きで、リエフさんになびく可能性は限りなく低いということを理解していても、心が曇るのを止められなかった。


 〜〜〜〜〜


「それではこれより、作業を開始します。こちらでツルハシと袋を配りますので、各自受け取ってください。袋に石炭が溜まりましたら、あちらの回収車へお願いします。えーそれからご存知だとは思いますが、先日クレイオス山付近で地震が発生しました。炭鉱への影響は確認されておりませんが、くれぐれもご安全に!」


 馬車に揺られて小一時間もすると、目当ての鉱山に到着した。クレイオス山にも負けないくらい大きくて、ゴツゴツした山だ。

 おそらく転移が原因である地震の話を聞いた僕とカオルは、苦笑いで顔を見合わせた。


「とりあえずツルハシを貰おう。まあ私にはパイルがあるけど」


 そう言って、カオルが男たちの列に並ぼうとした時


「おう、姉ちゃん。アンタみてえな美人さんががこんな仕事するこたねェよ。ここは俺に任せときな」


 冒険者の1人が、いきなりカオルに話しかけてきた。


「え? い、いや私は……」


「おうお前らァ! こんなイイ女に炭掘りなんざさせる気か⁉︎ 男が廃んぞコラァ!」


 その男は周囲の冒険者に向かって声を張り上げ、謎の檄を飛ばす。言い終わると、カオルに向き直って下手なウィンクを見せた。


「は? あ、あの私には……パイルが……もっと上手く掘れ……」


 突然すぎて、さすがのカオルもしどろもどろだ。僕とマルカもまるで追いつけない。

 何を起こったのか理解し、どうにか場の空気を変えようとした頃にはもう遅かった。


「てめえ何抜けがけしてんだー!」

「カオルさんから離れろー!」

「俺もいるぜカオルー!」

「心配すんな嬢ちゃん! 報酬は2人で山分けだ!」


 それぞれが思い思いにカオルへとアプローチする。男どもの身勝手な恋の波は留まることを知らず、怒涛の勢いで全体へ広まり、いつの間にか炭鉱の前で求愛コンテストが開かれそうなほどになっていた。


(そういうことか)

 全て合点がいった。昨夜ギルドに入った時に注がれ視線は、パイルバンカーではなくやはりカオルに対してのもの。みんなが聞き耳を立てていたのは、カオルが受ける依頼を調べるため。班分けでソワソワしていたのは、カオルと一緒になりたかったから。リエフさんがこっちの馬車に乗ることにみんなが文句を言っていたのは、あの刺すような視線は、つまり嫉妬!


(思春期かよッ!)

 ついさっきリエフさんに嫉妬したばかりの自分を無かったことにして、冒険者たちへ心の中でツッコんだ。


「こういうことです、サキヤ殿」

 男たちの様子を見たリエフさんが、カオルの肩に手を置いて満足そうに頷く。


「あ、あのー……私も作業するつもりで来てるんですケド……」


 カオルの意向はやんわりと受け流され、男たちの張り切り度合いが増していく。


「さあ、作業に取り掛かってください! 各自で回収した石炭の量は、こちらで逐一記録しますのでご心配なく! 報酬は歩合制です!」


「うおおお!」

「よし、いくぞォ!」


 リエフさんは、競争心を煽るような台詞ばかりを言っていく。こうなっては、もはやどうしようもない。


「仕方ない。ここはひとつ、パイルバンカーの威力を見せて黙らせてやるか。」

「はあ。男の人って、ホントに……」

「あはは。でも、ちょっと気持ちはわかるかも」


 彼らを見て、僕たちも呆れながら後を追う。今はお金を稼ぐことが優先。


 だけど


「んじゃこの辺りで……」

「任せろカオル!」


「ならこっちで……」

「姐さんは休んでな!」


「離れたとこなら……」

「俺のツルハシさばきを見せてやるぜ!」


 ——。

 ————。

 ——————。


「ああああああもう! ぜんぜん掘れない!」


 男たちによる善意の妨害で、作業どころじゃなかった。いや、彼らは自分を良く見せようと張り切っているだけだから、もはや善意すら無い。ただ欲望に突き動かされるケダモノだ。


「サキヤ殿、作業は捗ってますか?」


「それ、わざと聞いてます?」


 冒険者に混じって石炭を掘っていたケダモノ——ではなく獣人のリエフさんが、ニコニコしながら聞いてきた。この人は、こうなることが分かっていてカオルの参加を喜んだんだ。紳士的な態度の裏には、腹黒い魂胆が眠っていたみたいだね。


「はぁー、もうこうなったらヤケだ。ユウくん、マルカ、ここからは別行動を取ろう」


「え?」

「はい?」


 息をひとつ吐いて周囲を冷静に見渡すカオル。すると彼女は、腕に付けていたパイルバンカーを取り外し、「これは君たちが使って」と僕に渡してきた。そして


「みんな頑張ってー! 一番多く掘れた人にはぁ、私から特別なご褒美あげちゃいまーす!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


(ええええええ⁉︎)


 彼女は男のさがを掻き立てる言葉を放ち、あえて彼らの群れを引きつけようとした。


 男たちはツルハシを大きく掲げ、一気に気合いを入れ直す。今の彼らなら、とんでもない量の石炭を掘り出すだろう。


「この分の報酬は別枠でしっかり貰いますからね」


 口元をピクピクとひきつらせながら、睨むようにしてリエフさんに伝え、男どもの波に飲まれていくカオル。本当に、ヤケクソの切り札を使ったという感じだ。


「ハッハッハ、承知しました。しかし特別なご褒美ときましたか、これは腕がなりますねぇ!」


(リ、リエフさん……)


 やっぱり、この人もケダモノだった。カオルの言葉に釣られて、ツルハシを振る速度が増していく。周囲に比べて、その速さは段違いだ。これが、獣人の筋力。今日に限っては性質タチの悪い力だ。



「はわわわわわ、ユウくんどうしましょう! このままじゃカオルさんが!」


 マルカがうろたえながら僕を揺さぶる。最初は僕も彼女と同じくらい焦ったけど、今は冷静だ。

 カオルの意図に、気付いたから。


「大丈夫だよマルカ、僕たちにはこれがある」

 そう言って、カオルから受け取ったパイルバンカーを見せる。これを使えば、ツルハシなんか敵じゃない。


 「カオルがみんなを引きつけてくれているから、今度は邪魔されないはず」


「……なるほど。さすがカオルさんですね」


 僕たちはこっそりと、炭鉱の奥へと進んでいった。


「じゃあこれは、マルカにお願いしていい?」


 子どもの腕ではどうしても付けきれない杭を渡し、採掘を頼む。少し危険かもしれないけど、これはマルカに使ってもらうのが一番効率が良い。


「はい。たくさん掘って、カオルさんを助けましょう!」


 マルカは快く引き受け、機械を装備してくれた。カオルの話だと、センサーが腕の動きを感知して自動で杭を撃ち出してくれるらしい。動力源は様々なスタイルに対応しているようで、今回は炸薬を使用した。


「このまま叩けばいいんですよね。ええーーい!」


 マルカはカオルがそうしたように構え、そして撃った。


 シュッ——ドッガアアアン……カシュン、カラカラカラ……


 ガントレット型の動力部から、大きな薬莢が排出され、焦げ臭い尾を引いて転がる。


 杭が突き刺さった岩は砕け、その奥から石炭が雪崩を起こし、マルカの前へ転がってきた。

 僕は咄嗟に、彼女の元へ駆け寄る。


「マルカ! 大丈夫⁉︎」

「す、すごい……」

「あれ?」


 僕の心配は杞憂に終わった。マルカは特に怪我もせず、石炭に見向きもしないで、パイルバンカーの威力に感嘆の息を漏らしていた。

 実際に使って、杭を撃ち出す感覚を味わうことで、彼女も何かに目覚めたのかもしれない。


「ユウくん、これならいけますよ!」

「うん! すごいよマルカ!」


 それからは、猛スピードで穴を掘り開けていった。

 マルカが掘って、僕が外まで運ぶ。回収車で待機しているリエフさんの部下に何度も驚かれながら、着実に記録を上げていく。


 〜〜〜〜〜


 そして全体の作業が終わり、結果発表の時が訪れた。


「皆さまお疲れ様でした。ではこれからギルドへ戻り、報酬金の支払いを行いたいと思います。が、その前に」


 男たちが「待ってました」と騒ぎ立て、再び求愛の声を上げる。中には、カオルの表情を歪ませるような下卑た台詞を吐く人もいた。


「はい。本日の功労者の発表です。最も多く石炭を納めた方は……」


 みんな、固唾を飲んで二の句を待つ。僕も自信はあったけど、万が一を考えて緊張していた。


「え、えー……ユウ=サキヤ殿、です……」


「よしっ!」


「「「「「な、なにいいいいいいッッッ⁉︎」」」」」


 名を呼ばれ、思わず声を出す。その瞬間、全員が僕を振り向いて、信じられないものを見るようた反応をした。


「ユウくーん! おめでとう!」

 カオルが駆け寄ってきて、僕を抱きかかえながら、明るい笑顔を見せた。

 その笑顔を向けられて、僕もすごく嬉しい気持ちになる。


「大人たちに負けないでよく頑張ったね〜! お姉さんびっくりした! それじゃ頑張ったユウくんには、後でいっぱいご褒美あげるね」


「ふふっ、白々しい。こうなるって知ってたくせに」


 カオルはわざとらしく周りに聞こえるように言い、逆に僕は周りに聞こえないように、静かに吹き出す。


「やりましたねユウくん、お疲れ様です」

「マルカこそ、お疲れ様」

「おお、マルカ! パイルバンカー似合ってるじゃないか。無骨な兵器と少女の組み合わせもイイね!」」


 マルカもこっちに来て、3人で互いを讃え合う。少し罪悪感もあるけど、今は勝利の余韻に浸った。これは完全な作戦勝ちだ。


 その後は、記録の不正を訴えてリエフさんの部下に詰め寄る冒険者たちを見ながら、3人で笑い飛ばした。

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