第32話 都合が良い

「さあこれで誰もラボに入れなくなるぞ! 再び扉を開けられるようになるまで、しばらくお別れだ」

 今まで使っていた物よりも遥かに大きなリュックを背負い、カオルが言う。リュックには、鈍い輝きを放つパイルバンカーも括り付けられていた。


「うん」

「今度来た時は、また色々見せてくださいね」


 この時代ではオーパーツとなり得る物をあれやこれやと持ち出し、崎谷薫の研究所を後にする。

 最初は宿敵の本拠地でしかなかったここも、今となっては大切なセーフハウスだ。


(必ず戻ってくるから、待っててね)


 電力の供給が止まり、ゆっくりと活動を終えていくラボを背に、僕たちは町へ向かって歩き出した。


 〜〜〜〜〜


「やっぱ歩きだと時間かかるな〜。もう日が沈みそうだ」


 多少慣れているとはいえ、クレイオス山からアグトスまでの距離はそう短くない。町に着く頃には、依頼を受けるどころか、冒険者たちがギルドへの報告を終えて酒盛りを始めるような時間になっていた。


「作業は明日になりそうですね」

「ああ。だが一応、ギルドには顔を出しておこう。明日も依頼が出されるかの確認も兼ねて」


 酒気で火照る町中を颯爽と歩き、目的の場所へ足を運ぶ。

 ギルドの建物内も例に漏れず、一仕事終えた陽気な冒険者たちで賑わいを見せていた。


 僕が中へ入った途端、一斉に視線が向けられる。子供が入ってきたことの不自然さを怪しんでいるのかと思ったけど、その視線はどうやら僕ではなく、後ろのカオルに注がれているようだった。


 皆が一様に彼女を見ている。


(ああ、コレがあるからか)


 カオルが背負う黒光りする道具が、早速目立ってしまったみたいだ。


 異様な雰囲気に包まれながら、僕たちは奥へ進む。


「こんばんは、支部長。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「おお、坊主。まさか今からクエストか? お前にゃ夜間の仕事はまだはええだろ」


 受付カウンターで木製のジョッキを呷っていた大男——支部長に声をかけると、彼は驚いた様子で赤ら顔をこちらに向けた。


「いや、炭鉱作業員の募集が明日もあるかどうか確かめに来ただけだよ」

 僕の代わりにカオルが答える。


 彼女が言葉を発した瞬間、ギルド内の空気が張り詰めた感じがした。


(これは……)

 冒険者たちは皆、こちらの会話に聞き耳を立てているように思える。炭鉱作業の依頼は、そんなにも珍しいものなのかな。


(もしかして、宝石狙いとか?)

 炭鉱で宝石が取れるのかどうかは別として、もしそうであれば、彼らの互いを牽制するような雰囲気も頷ける。ライバルが増えるのは単純に厄介だ。


「ああ、それなら明日もやるって言ってたぞ。もし受けるなら、朝8時にはここに来な。それよりり何だそのでけえ棒は」


「私の新しい武器。明日8時ね、了解した。どうも支部長」


 それだけ伝え、僕たちは足早にギルドを出る。最後まで、妙な視線は絶えなかった。


 〜〜〜〜〜


「みんなカオルを見てたね」


 普段通り宿屋へ行き、さっきのことを話す。マルカとは、明朝ギルドで合流する予定だ。


「そりゃパイルなんて持ってたら見られるよね〜。マルカの言ってた通り、警戒してたんだろ。だとしてもあれは見過ぎだけどなぁ〜」


 ベッドに身を放り投げ、身体を伸ばしながらカオルが愚痴をこぼす。あくび混じりな口調に、疲れが滲み出ていた。

 今までよりも荷物が格段に増えたんだし、当然疲れるよね。


「そんなことよりだ、ユウくん。支部長が言ってたこと覚えてる? “朝8時”だって。なんとなく分かってたけど、ありがたいことに、この世界は時間の捉え方も我々のそれと同じだ」


 唐突に、カオルは時間の話を始めた。彼女の思考は、いつも切り替えが早い。


「そういえば、同じだね」


 部屋に置かれたアナログ時計を確認してから、寝る準備を整えて、僕もベッドへ向かう。節約のため、今日もベッドはひとつだ。


「ついでに言うと、この辺りは日本との時差も無い。ほら、まだラボにいた頃、ユウくんに叩き起こされたことがあったでしょ?」


 カオルが思い出し笑いをするように微笑んで、転移したばかりの頃の話をした。そういえば、そんなこともあったね。

 確かあのとき、カオルは時計を確かめて——


「私が起きたのは朝の4時で、ラボから出てみると、外は実際に夜明け際だったんだ。言うまでもないが、あの時計は日本時間に合わせてあった」


「ああ、確かにそうだった。もしここ以外の場所へ転移してたら、時差ボケで大変だったかもね」


「そうそれ! そうなんだよ〜! カッコつけて転移したくせに、しばらくは時差ボケで動けません。なーんてダサすぎるからね、いやー好都合!」


 カオルに抱き寄せられ、一緒にベッドへ横たわりながら2人で笑う。



「少し、都合が良すぎる気もするが」

「えっ?」


 ひとしきり笑い終えると、カオルは神妙な面持ちで呟いた。

 確かに、こうも冒険しやすい環境が整っていると、何か作為的なものを感じてもおかしくはない。


「いや、私の考えすぎかな。不安にさせてゴメンね、ユウくん。今日はもう寝よっか」

「……うん」


 カオルの言葉が胸に留まったままだけど、明日に響くのは避けたかったから、お互いこれ以上は気にせずに明かりを落とした。

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