第31話 渦巻く災禍

 相変わらず、何が起きたのか当事者のはずの僕には全く分からないが、とりあえず、気が付いたら人間状態のサズ子を抱えたまま、僕は空中に浮遊していた。


 何を言っているのか全く分からないと思うが、大丈夫。何度も言うが、僕自信も良く分かっていない。

ただ、浮遊というのは言葉通りの意味で、何となく空中に浮けてしまっている。

 直感的に飛び方が分かると言えば良いのだろうか? 地球にいた頃にはなかった新たな身体機能が、いつの間にか僕に追加されていたみたいな感覚だ。


 ……あれ、これ大丈夫か? 僕って、まだ人間だよな?


「肉体が人間に堕とされた……? まさか、私の魂が負けたのか? 人間如きに?」


 何故かは知らないが、やらかした感が半端ない。僕がタラリと嫌な汗を掻いていると、腕の中にいるサズ子が驚愕したようにぺたぺたと自分の身体を触っている。


「……サズ子、怪我はないか?」

「その声は、蒼……? 貴方、蒼なの?」

「僕以外の誰に見えるんだよ」

「でも、何で生きて……ああ、そっか。そうなんだね」


 サズ子は目に大粒の涙を溜めると、僕に思いきり抱き着いてくる。


「暖かい……体温って、こんなに暖かいんだね……蒼」

「……はぁ。全然状況が理解出来ないが、まあ、良かったな」

「うん……ありがとう、大好き」


 本当は今すぐ確認したい事が山ほどあるが、サズ子が何やら感極まっているようなので、仕方なく後回しにする。


「あ、蒼?」


 その時、下からディアがジャンプするように空を飛んで僕の元までやって来る。

 空を飛べる人間がいるだけで安心してしまう僕は、やはり相当末期だろう。


「……お姉ちゃん、ごめん。心配かけたよね」

「あ、あおーっ! 良かった! 心配したよぅーっ!」

「ぐへらっ」


 ディアが僕に力強く抱き着いていたはずのサズ子をあっさり引き剥がして、ぽーいっとそこら辺に放り投げると、そのまま僕に抱き着いてくる。

 情緒も容赦も躊躇いも一切感じさせない、物凄い早業だ。


「もう二度と離さないからねっ!」

「何をする、性悪女!」

「ああ、居たんだ。クソ蛇」

「うるさい! さっさと私と蒼の前から立ち去れ! このフラれ女が!」

「は、はぁ? 別に、フラれてないですけど?」

「ふっ、声が震えているぞ。お前はもう気が付いているはずだ。私と蒼の間に、本当の絆が生まれている事に」

「そんな事ないぞ」

「そ、そうだよ。そんな事……うぇっ?」

「……ゑ?」


 僕がそう言うと、ディアとサズ子から信じられないようなモノを見る目で見られた。


「サズ子。お前は安心しきっているみたいだが、あとでお説教だからな」

「で、でも、さっきはもう怒ってないって……」

「それとこれとは話が別だ。それと、お姉ちゃん」

「な、何かな?」

「……僕って、まだ人間なのか?」


 僕は、今一番気になっていた疑問をディアにぶつける。ディアなら、きっと何か知ってるはずだ。


「あ、蒼? そこはかとなく、私よりそこの性悪女の方を信用している気がするんだけど」

「そりゃあそうだろ。お前、嘘吐きだし」

「でも、それはその女だって同じハズ!」

「お前に有利に動かない分、今は発言に信頼が置ける」

「はい、病んだ」


 まあ、だからと言って、ディアも完全に僕に有利に動くわけでもないのだろうけど……例え、ディアが嘘を吐いていたとしても、その時は約束通りサズ子が僕に教えてくれるだろ。


「……安心しなよ。蒼は、まだ人間だよ」


 チラリとサズ子の方を見ると、サズ子がいじけたように膨れながらこくりと首を縦に振る。


「そっか……良かった。何か空中に浮けるようになったから、てっきり人間辞めちゃったのかと思ったよ」

「あははっ。それじゃあ、私も人間じゃないって事になっちゃうじゃん。蒼のその力は、たぶんクソ蛇のモノだよ」

「サズ子の?」

「そう。今、蒼とクソ蛇のスキル……魂は、ごちゃ混ぜになっているからね。今はクソ蛇のスキルを、蒼は引き出せるんだよ」

「……でも、サズ子の力を使ったら、また代償は必要になるんじゃないか?」

「それが、そうでもないんだよね……落ち着いて聞いてね、蒼。今、蒼とクソ蛇は同じ存在と言ってもいい」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だよ……蒼とクソ蛇の魂はくっついてぐちゃぐちゃになっている。だから、クソ蛇のスキルを使っても、蒼が代償を支払う事は無い。何故なら、それはもう蒼のスキルでもあるから」

「そう、なのか……?」

「……ごめんね。私もこんな現象初めて見るから、上手く説明出来ないや」

「なら、私が説明する」

「サズ子?」

「引っ込んでろ、この役立たず」

「ちょっ!」


 サズ子はディアを押しのけ……られずに、悔しそうな顔をすると、僕の腕を精一杯引っ張る。

 おかしいな。普通だったら、美少女二人に抱き着かれているこの状況は幸せのはずなのだが、記憶を取り戻した今ディアは家族のようなものだし、サズ子には特に何も感じない。


「……何故か、色々な意味で女として負けた気がする」

「良いから、早く分かりやすく事情を説明してくれ」

「……まあ、いい。勝負は長い。これからいくらでも挽回出来る……それで蒼の魂だけど、精神世界で説明した通り、そこの女に破壊された魂を修復する為に、全て私が喰らい尽くした」


 ギリ……ッ! という危うげな音が、ディアの方から聞こえる。

 ……どうしよう、こんな至近距離でディアに暴れられたら、今度こそ本当に死ぬかも知れない。


「……でも、信じられない事に、私の魂は吸収したはずの蒼の魂に逆に取り込まれてしまったの」

「は?」


 僕がどうやってサズ子だけ見捨ててこの場から逃げようかと考えていると、全く身に覚えのない事をサズ子に言われる。


「僕、別に何もしてないぞ?」

「ううん、貴方は言ったはず。自分の全てを私に差し出す代わりに、私の全てを自分に寄越せと」

「ああ、そういえば……」


 正直、がむしゃらだったので自分が何を言っていたのかも曖昧だし、何なら精神世界の事も良く分かってはいない。

 夢の中みたいな所でサズ子と話した気がするのは、漠然と覚えているのだが……。


「私の魂はそこの性悪女のせいでボロボロだったし、蒼の魂の力が私の想像を超えて強大だった事もあって、私の魂は蒼に負けてしまった。だから、本来は蒼の魂に私の魂が吸収されるはずだったんだけど……蒼は、私と生きる事を望んだ。だから、蒼の魂は私の魂の欠けた部分を補強するように混ざり合って、私を生かしたの。その代わり、私は力の大部分を失ったし、肉体もこの通り蒼の魂に引っ張られて、人間に堕とされてしまったけど」

「へぇー」

「反応薄っ⁉」

「いや、ごめんだけど、何を言っているのか全然分からん」

「……簡単に言うと、人間の魂を持つ蒼の魂が、私の魂に勝ったから、私は人間になったけど蒼は人間のままということ。これは、非常に理不尽。弱肉強食なんて、古いにもほどがある」

「何だそういう事か。それを早く言えよ」

「非常に理不尽!」


 サズ子は怒ったように、僕の頬を抓る。


「……なるほど。そういう事か」


 すると、真剣な顔でサズ子の話を聞いていたディアが納得したように深く頷く。

 僕の理解が海の浅瀬くらいだとしたら、ディアは深海の奥底くらいまで深く今の話を理解していそうだ。


「……【ステータス】」

「あっ、おい!」


 名前 天条蒼 所属 ???

 筋力 ??? 体力 ??? 魔力 ??? 体術 ??? 槍術 ???

 スキル 「異海の???」「人体共存サズウェル

 魔法 「鑑識魔法」「言語魔法」


「お前、ふざけんじゃねえ⁉ ステータスの表記が、めちゃくちゃ悪化してんじゃねえか! ていうか、このステータスの表記のされ方、超不安なんだけど! これ、本当に僕まだ生きてんのかよ⁉」

「し、知らない! 私のせいじゃない!」

「誰がどう見ても、お前のせいだぁーーっ‼」


 ディアがおもむろに僕のステータスを勝手に開くので焦ったが、表示されたステータスの内容のせいで全ての感情が吹き飛ばされた!


「……鑑識魔法【ステータス】魔力崩壊、【真理の眼】」


 僕がパニックを起こしていると、ディアが再び何かの魔法を僕に使う。

 すると、突然目の前にいくつもの半透明のパネルが現れ、何かを読み込むように小さな文字が走ると、やがてそれはいつものステータス画面になる。


 名前 天条蒼 所属 ???

 筋力 ??? 体力 ??? 魔力 ??? 体術 ??? 槍術 ???

 スキル 「異海の???」「人体共存」

 魔法 「鑑識魔法」「言語魔法」

 備考 不確定要素によるステータスの変動がある為、計測不可能な箇所があります。


 名前 サズウェル 所属 ???

 筋力 ??? 体力 ??? 魔力 ??? 槍術 ???

 スキル 「千変万化」「叡智の眼」「夜空の眼」「汚泥の鱗」「有翼の皮」

 備考 不確定要素によるステータスの変動がある為、計測不可能な箇所があります。


「これって……」

「蒼の今のステータスを、もう少しだけ深掘りしたものだよ。たぶん、蒼のステータスが見えないのは、そのクソ蛇が蒼に寄生しているからだね」

「……悔しい事に、今は寄生していると言われても反論出来ない」

「そうだね。こんなに弱っちい悪器なんて、寄生虫以外の何者でもないね。ていうか、いる意味あるの?」

「蒼、性悪女がイジメてくる……」

「……お前ら、また喧嘩するなら、今度こそ僕は一人で天海に向かうぞ」

「やっぱり、我慢する」

「しょうがない。一時休戦だね」

「はっや」


 そんな早く切り替えられるなら、最初から口論しないで欲しい。

 ……ていうか、逃げないから、いい加減二人とも僕から離れてくれないかな。


「——海魔法【渦巻く災禍レヴィアタン】」

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