第29話 ××の支配者
「死霊魔法【幽霊船】改変、死霊魔法【地獄門】」
性悪女がそう呟いた瞬間、眼下にあったボロ船が溶けるように海面を埋め尽くし、巨大な奈落を作る。
「でも、今更お前が何をやったところで無駄」
私は目の前にいる、二人の女のステータスを見る。
名前 ディア・シー 所属 ブラックハーツ
筋力 99.58 体力 97.58 魔力 120.87 体術 99.37 銃術 94.70 剣術 96.54 話術 98.39
スキル 「理の極意」「天衣無縫」「破壊の支配者」「星読の支配者」
魔法 「鑑識魔法」「言語魔法」「簒奪魔法」「死霊魔法」「呪縛魔法」「氷結魔法」「浮遊魔法」「戦闘魔法」「浄化魔法」「誓約魔法」「隠蔽魔法」「破壊魔法」
名前 アリス・オーシャン 所属 魔法都市
筋力 ??? 体力 ??? 魔力 ??? 体術 ??? 剣術 ???
スキル 「永雪之才」「倚馬七紙」「鏡の支配者」
魔法 「鑑識魔法」「言語魔法」「海魔法」「鏡魔法」「火魔法」「水魔法」「木魔法」「土魔法」「風魔法」「雷魔法」「光魔法」「氷結魔法」「引力魔法」「音魔法」「治療魔法」「戦闘魔法」「浮遊魔法」「豊穣魔法」「泡魔法」「色彩魔法」「誓約魔法」「隠蔽魔法」「天候魔法」「狂乱魔法」
備考 死体は術者によるステータスの変動がある為、計測不可能な箇所があります。
性悪女のステータスは、どの数値を見ても目を見張るものがある。
特に、魔力の数値が明らかに異常だ。
人間の枠を超えているとしか思えない。まさに、超越者と呼ぶべき存在だろう。
……しかし、それだけだ。
いくらステータスが高かろうと、所詮それは肉体の強さ。
本当に大事なのは、魂の強さだ。
そういう意味では、支配者スキルを除いたらスキルが二つしかない性悪女は、周りと比べたら少しだけ秀でている凡人と言ってもいいだろう。
金髪女も同様だ。死人だからステータスは分からないが、実際に戦ってみた感触的にはどのステータスも精々90が限度。
やはり、人間はどこまでいっても私の敵ではない。
「くふっ、果たしてそうかな?」
その時、性悪女が嘲るように表情を歪める。
「今からお前が相手にするのは、お前が見下している人間風情が作りあげた化け物だぞ」
「なに?」
「さっさと、這い出てこい。目の前にいる美味そうなウナギが見えないのか?」
べちゃあ……っ。
すると、その声に答えるようにどろどろのマグマで出来ているかのような巨大な赤い手が深淵から伸びて来る。
「Ohhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh——ッ!」
赤い手の持ち主は船が溶けて出来た深淵のふちを掴むと、人外の叫び声を上げて這い出てくる。
それは性悪女が言う通りの……おぞましい化け物だった。
全身は常に溶けているように赤いドロドロとした粘性の液体に包まれており、目の部分だけが空洞で、奥からは爛々と輝く深紅の光を放っている。
「これはね。今までこの世界で生まれた、あらゆる怨み、あらゆる苦しみ、あらゆる恐怖から生まれた怨霊の集合体。コイツはこの世から幸せが消えない限り、永遠に在り続けるよ」
まさに赫灼の化け物の化身であるかのように、同じ深紅の瞳を爛々と輝かせた性悪女が私に向かってそう言う。
……なるほど。これが、この世界の人間に与えられた罰のなれの果てか。
この世に幸せがある限り消えないあたりが、凄く人間らしい。
「さあ、目の前のクソ蛇を喰らい尽くせ。アイツは今、幸せになろうとしているぞ!」
「Ohhhhhhhhhhッ‼」
赫灼の化け物は咆哮すると、私に手を伸ばす。
その手は巨大で、天を掴もうとしているかのように無限に広がり続けている。
どうやら、私が逃げようとしても逃げられないように、手の面積を物理的に広げているようだ。
「なら、逃げなければいい」
私はさっさと避ける事を諦めると、大人しく化け物の手に掴まれる。
マグマのような液体に触れた瞬間、あらゆる負の感情が私に流れ込んで来た。
それは人間なら、一瞬で廃人になってしまうような情報量と精神的苦痛だ。
……だが、私にそんなモノは効かない。何故なら——
「私、生まれてから一度も幸せなんて感じた事なんてないもの」
こんな感情、日常茶飯事だ。
今更、何を思うこともない。
「……スキル【
『こんな
ゴキュッ。
私は本来の姿に戻ると、ドロドロに溶けた死人の負の感情を飲み込む。
「Ohッ⁉」
『……怖がらずにおいで。私はアナタの全てを受け入れるわ』
私に罪を飲まれていく毎に、激しく暴れていた赫灼の巨人は抵抗する事を辞めて大人しくなっていく。
……辛かったんだね。もう、大丈夫。私はアナタを決して否定したりしない。
おやすみなさい。我が愛しき同胞よ。
やがて、私は赫灼の巨人を全て喰らい尽くした。
随分と長い時が経った気がするけど、きっとそれは怨念に刻まれた記憶の残滓のせいだろう。
実際は、五分と経たずに喰らい尽くしたはずだ。暴食の化身の名は伊達じゃない。
「流石は、意地汚い蛇だ。喰えるなら、本当に見境が無いね」
すると、いつの間にか性悪女が私の上に立っていた。
『矮小過ぎて存在に気が付かなかった。流石は、頭も魂もすっからかんなだけはある』
「……確かに、あんなモノを躊躇いなく喰らい尽くせる貴女に比べたら、私の存在は小さいのかもね」
『へぇ……やっと、負けを認めたんだ。命乞いをしたら、見逃してあげてもいいよ』
「嘘吐け。お前、私を逃がす気なんて毛頭無いだろう」
『すっからかんな頭でも、それは分かるんだ』
私は、ようやく身の程を知った哀れな女を嗤う。
コイツには、散々コケにされた。
今更許すつもりは無いし、そもそも、そんな概念なんて私には無い。
「偉大なる蛇の王よ。どうか、無知だった私をお許し下さい……」
『やだ』
「ああ、そんな……貴女は何と無慈悲で……何と愚かなクソ蛇なのだろうか。呪縛魔法【束縛】
『なっ⁉』
その瞬間、金縛りのように私の身体が動かなくなった。
この私の魂を縛った……っ⁉ これは、神の呪いか⁉
何故、あの女がこんなモノを使えるのだ!
「魔法はね。究極魔法ほどではないけど、同じくらいの魔力を込めれば全く別の魔法に化けるモノもあるんだよ。面白いよね」
『お前、何をするつもりだッ‼』
「くふっ、言ったでしょ……? お前は後悔する事になるって」
性悪女は血のように紅い、深紅の瞳を輝かせる。
「破壊魔法【物質破壊】魔力崩壊、【
ドロリとした空間を歪める透明の液体が現れると、私の身体に落とされる。
落とされたそれは、見た目に反して肉体を一切傷つける事なく素通りすると、私の根源……魂に纏わりついた。
「これでもう、お前はこの泥から逃げられない。徐々に魂は崩壊していき、やがて、お前の魂は存在ごとこの世界から消えるだろう」
『な——っ⁉ そ、そんな事をしたら、蒼のスキルまで消えるぞ‼』
「……やっぱり、お前が奪っていたんだね。でも、大丈夫。お前が消える前に、簒奪魔法で回収しとくから」
『お前、魂に根付いたスキルは奪えないはずじゃあ……っ⁉』
「私、そんなこと言ったっけ?」
『……ッ! この性悪女が‼』
「記憶のない蒼の魂を、好き勝手に貪り喰っていたお前にだけは言われたくない。お前は精々、自分の傲慢さを後悔しながら死ね」
その時、ジワリと私の魂が溶かされていくのを感じる。
まるで、毒だ……ッ! クソッ、これは本気で不味い!
まさか、魔法に神が関わっているなんて思いもしなかった!
このままじゃあ、本当に私の存在は消滅してしまう!
そんなの、絶対に嫌だ! だって、私は——
『誰か、助けて……っ!』
****************
……暗い海の底で、僕は静かに漂っていた。
息が出来ないはずなのに、不思議と苦しくない。
それに、意識もはっきりとしている。
……ただ、どんなに頑張っても身体がピクリとも動かないのだ。
もしかしたら、僕はもう死んでいるのかも知れないな。
僕は自嘲気味に笑いながら、そんな風に自分の今の状態を分析する。
……全く、サズ子には見事に騙された。ヴァンの言う通りだ。
本当に、アイツは最悪な奴だな。
しかし、ある意味これで良かったのかも知れない。
記憶が無いが、どうせ僕はロクな所の出身じゃないんだ。
悲しむ家族だって、きっといない。
そのくせ、厄介な物だけはしっかりと所持していると来た。
……アリスさんは優しいから、怪しいと思いつつも僕を守る為にサズ子を放置していたようだが、こうなってしまった以上はそうともいかないだろう。
むしろ、僕がいなくて戦いやすくなっているはずだ。
……ただ願わくば、怪我だけはしないで欲しい。
僕はそれだけ考えると、静かに目を瞑る。
目を開けていても閉じていても暗闇なのだから大した違いは無いが、これは意識の問題だ。
生きる事を諦めたという、世界への意思表示。
このまま意識だけがある状態で、海の中を漂い続けても困るしね。
その時、不意にディア・シーの顔が頭に浮かぶ。
今だから正直に言うが、綺麗な人だったな……もしも、記憶を失う前の僕があの人と知り合いだったのなら、絶対に離れはしなかったのに。一体、僕とあの人はどういう関係だったんだろう?
……まあ、もうそんな事を考えてもしょうがないか。
僕は今度こそ、考える事を止める。
さてと、暖かい海に包まれながら、心地良い睡魔にでも身を委ねるとしようか。
……。
…………。
…………………………。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………誰か、助けて。
ズキズキッと、何かを訴えるかのように右腕の傷跡が痛む。
……はぁ。また、アイツか。
アイツは何度、僕の邪魔をすれば気が済むのだろう?
——……死にたくない。
僕もそうだった。
——……まだ、私は何も成せていない。
それも同じだ。
——……帰りたい。
何処にだよ?
——元の世界に、帰りたい……私はまだ、幸せになってない。
散々人を不幸にしといて、自分だけ幸せになろうとか都合が良すぎないか?
——……だって、私は誰にも受け入れて貰えない存在だから。そういう風に創られてしまったから。
……。
——……私はただ一度でも良いから、誰かに受け入れて貰いたかっただけなの……私が自分の役割を全うすれば、お母さんに褒めて貰えるはずだから…………本当に、それだけなの。
……。
——お願い……お願いだから、誰か私を助けて…………もう、寂しいのは嫌なの。このまま、ただの一度も幸せを知らないで……死にたくなんてないっ!
…………あーっ、もう! 分かったよ! 助ければ良いんだろ⁉
僕は、目を開ける。
あれだけ動かなかったはずの身体は、何故かもう自由に動くようになっていた。
その時、不意に何も見えないはずの暗闇の中に二つの大きな光が見える。
僕は、本能的にそれに手を伸ばした。
返せ……っ! それは、僕のモノだ‼
「異海の支配者……っ‼」
その瞬間、僕の真下から呼応するように何かが咆哮した。
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