第27話 開戦

 船が出港すると、すぐに黒海に入る。

 しかし、夜でもないのに地平線の先まで真っ黒な海なんて、何度見ても不気味な光景だな。


「……ところで、何でアリスさんまで最前線にいるんですか?」


 僕は隣で遠くの海を眺めていたアリスさんに声を掛ける。

 最初から何となく最前線に来そうな気もしていたが、クオンに海軍のトップと聞いたので、流石に後方で指揮を執るだろうと思っていた。


「何だ。私では、実力不足か?」

「い、いえ、そういう意味じゃないんですけど……普通、一番偉い人って後ろで指揮を執るものなんじゃないんですか?」

「まあ、普通はそうだな。しかし、こと軍隊に置いてはそうとも言えない。当たり前だが、戦い戦果を挙げた者が昇進するのが軍隊だ。その為、立場が上の者ほど実力者が多いのだよ」

「じゃあ、アリスさんは海軍で一番強いんですか?」

そうだな。だが、だとしても元帥が最前線にいる事は稀だろう。何せ、元帥が戦死なんてしてしまったら、海軍の指揮を取れる者がいなくなる」

「そ、それ、不味いじゃないですか⁉︎」

「……気にするな。これに関しては、遅かれ早かれだ」

「え?」

「……安心しろ。海軍基地には、私の後任を常に用意してある。だから、私はいつ戦死しても大丈夫なんだ」

「……だからって、アリスさんは絶対に死なせません。僕がアリスさんを守ります」

「君が? ふふ……っ、それは情熱的な口説き文句だが、残念ながら、私はそもそもすでに死んでいる身なのでな。君の気持ちには応えてやれそうにない」

「そういう問題じゃあ……っ! ……あの、アリスさんが死んでいるのに……まだ、生きているのって」

「ああ、【簒奪者】ディア•シーによる死霊魔法だ。君と図書館で最初に会った時に、原典の説明はしたな? ディア•シーは死霊魔法という魔法書の原典に記されている究極魔法で、私の魂をこの世に縛り付けている」

「……それ、魔法で操られたりとかはしないんですか?」

「そこは問題ない。私の持っている魔法の中に、狂乱魔法という他者の魔法やスキルの効果を狂わす魔法がある。今の私は、その魔法の効果により、ディア•シーから意識やステータスなどの面に置いてなんの拘束も受けていない状態だ」

「なるほど」


 流石、アリスさんだ。あれほど多種多様な魔法を持っていれば、こんな常識外れな状況でも何とか出来るらしい。

 ……しかし、本当に何の拘束も無いんだとしたら、何故、ディア・シーは自分に敵対するアリスさんにかけた魔法を解かないのだろうか?


「……それより、先程の話は本当なのか? ディア・シーが、君のことを狙っているというのは」

『そう。蒼は、その強さと可愛さに目を付けられ、第一海層ではディア・シーに追いかけ回されていた』

「……そうか。君は元々、第一海層の出身だったのか……だとしたら、あのステータスの高さも納得だ。あそこでは、弱者はすぐに淘汰されてしまうからな」

「……やっぱり、僕って記憶を失う前は犯罪者だったんでしょうか?」


 僕がそう言うと、アリスさんは痛ましそうな顔で首を振る。


「いや、少なくとも君の名前に紐づいた犯罪歴は無かった。だから、考えられる可能性としては……君は、第一海層に堕とされた者達の間に生まれた子という事になる」

「そう、ですか……」

「……私に、こんな事を言う資格は無いかも知れないが、例え親に犯罪歴があったとしても、子に愛情がない訳ではないし、ましてや、当人が悪人になる訳でも無い」

「……はい」

「それに、君は自分がディア・シーに狙われているのにも関わらず、私の身を案じてついて来てくれたではないか。少なくとも、私が知っている君は善人だ。だから、君が私を守ろうとしてくれるように、私も君をこの命を賭してでも守ると誓おう」

「アリスさん……」


 僕が顔を上げてアリスさんの方を向くと、アリスさんは優しく微笑む。


『……あまり、私の蒼を誘惑するなロリババア』

「ろ、ロリババア?」

『貴女は、死人。だから、どんなに時が経とうと身体が成長する事は無い。魔法で年相応に身体を作っているようだけど、ロリには変わりない』

「だからと言って、ババアは言い過ぎじゃないか? 流石に、そこまで年を取ってはいないぞ?」

『蒼に比べたら、貴女はすでに十分おばさんの域』

「でも、お前に比べたら、僕もアリスさんも赤子同然だろ?」

『……』


 何せ、コイツは神話で語り継がれるくらいの年寄りだ。

 年の桁で言ったら、二つや三つではきかないだろう。


『蒼の意地悪』

「逆に、お前は何で僕以外にそこまで当たりが強いんだよ」

『蒼以外の人間は信用ならない。いつも私をハブろうとする』

「確実に、お前に問題があるんだろ」

『はい、病んだ』


 サズ子はそう言うと、僕の中でしくしくと泣き始める。

 そんなにメンタルが弱いのなら、いちいち周りに噛みつかなければいいのに……。


「相変わらず、君達は仲が良いんだな」

「……そうなんですかね」

「おや? 否定しなくなったな」

「まあ、コイツはずっと僕を守ってくれていたみたいですし、少しは優しくしようかなと」

『これが優しさなら、この世は私に辛く出来過ぎている』

「お前が、アリスさんに失礼な事を言うからだろ?」

『だって……』

「気にするな。流石にそこまででは無いものの、私の本来の姿が年相応のものでないのは事実だ。君も失望したのではないか?」

「いえ、その……決して変な意味ではないのですか、魔法が解けたアリスさんもとても綺麗でした」

『蒼……まさか、ロリコンだったなんて……私も小さくなろうか?』

「だまれ」

『図星を突かれたからって、逆ギレはやめて欲しい』

「これに関しては、図星でも何でもねえよ⁉ ただの事実だ!」

「そうか……」

「い、いや、違うんですよ、アリスさん……」


 どうしよう。そんなつもりは無かったのに、アリスさんが少し落ち込んでしまった。

 何故、コイツと話すといつも周りに被害を出してしまうのだろうか?


『そんな事まで、私のせいにされても困る。私はただ、事実確認をしただけ』

「……何だろう。今の会話の中に、お前の根っこの悪い部分が全部集約されてた気がするぞ」

『知らない。それより、そろそろ出口に着くよ』

「出口?」

『海を見て』


 不思議に思いながらも、僕は言われた通り海を見る。

 すると、先程までは穏やかだった海にはいつの間にかいくつもの小さな渦が出来ていた。


『渦潮。黒海内でのみ出来る、海の出入り口。ここに渦が出来るという事は、下から誰かが上がって来ようとしている』

「こ、ここから船が出てくるのか? どうやって?」

『説明が難しい。下から上がってくるとしか言いようがない』

「……アリスさん?」

「そうだな……正直、見ればこれ以上分かりやすいものもないのだが、記憶喪失の君にとっては衝撃的な光景かもな」

「そんなにですか?」

「ああ、何せ海に穴が開くんだからな」


 海に穴?

 僕がギョッとしていると、突然海から唸るような激しい波の音が聞こえてくる。


「来たか」


 そう言うと、アリスさんは正面に見える特別大きい渦潮に目をやる。

 近づけば何もかもを飲み込んでしまいそうなほど巨大なその渦潮は、どんどんと勢いを強めていき、やがて中心から沈んでいくかのように大穴が空いた。


「なっ⁉︎」

「各員、戦闘準備! 【簒奪者】が来るかも知れん! 気を抜くな!」

「「「はっ!」」」


 アリスさんの号令により、後ろに控えていた海兵さん達は各々の武器を手に取り黒海に空いた大穴を注視する。


「蒼、これが海層渡りだ。我々は、日々こうして第一海層から這い上がって来ようとする愚か者を対処している」


 アリスさんが氷のように冷たい目で海に開いた大穴を見ながら僕にそう言うと、次の瞬間、穴の中心から真っ黒な船が激しい水飛沫を上げて飛び出してきた。

 しかし、出て来た黒船は凄まじくボロボロだ。古ぼけた帆は激しい突風が吹いたら柱ごと折れてしまいそうだし、船体にはいくつもの穴が開いている。

 何故、まだ沈んでいないのか不思議でしょうがない。


「黒船【虚無】」

「え?」

「……あれが、ブラックハーツの船だ。あの船は、どんな荒波や大砲を受けても決して沈まない。まるで、見えているのにそこに存在しないかのように。そうして、付いた名前がそれだ」


 アリスさんは後ろを振り向くと、再び号令を出す。


「残念ながら、予測通りブラックハーツが現れた。合図を出せ」

「「「はっ!」」」


 すると、海兵さん達は走り回り、すぐに白い狼煙が上げられる。


「あれは……?」

「海軍基地に、ブラックハーツが現れた事を知らせる合図だ。これで仮に私達が全滅したとしても、街の住人を避難させる事は出来る」

「でも、相手はたった一隻の船ですよ? いくら何でも全滅なんて……」


 海軍の戦力がどのくらいなのかは分からないが、少なくとも見える範囲だけで二十隻以上の軍艦がある。

 一斉に大砲を放てば、どんな船だってひとたまりもないだろう。

 それに当たり前だが、ここは海の上だ。いくら相手が強いと言っても、流石に船を沈めてしまえばどうしようも出来ないはずだ。


「蒼、すでに数が力の時代は終わったのだ。君の悪器がそうであったように、どれほどの兵士、どれほどの国が集まろうと、強大な個の前ではいくらでも戦場はひっくり返る。そして、今私達の目の前に居るのはそれが可能な相手だ」

「……」


 アリスさんの言葉には、有無を言わさぬ重みがあった。

 僕はようやく、自分の認識が甘かったことに気が付く。

 正直、僕はこれだけの戦力があれば、どんな相手であれ勝つことが出来るだろうと思っていた。

 だが、アリスさんの目は本気で命を賭けてでも、目の前の敵を沈めなければいけないという覚悟が宿っている。

 今僕達の目の前にいるのは、それほどの相手という事なのだろう。


 僕はもう一度、目の前にある黒船を見る。

 すると、船の船首には一人の少女が歩いて来ていた。

 その少女は、白いシャツと身体に張り付く黒いパンツという非常にシンプルな恰好の上から、背丈に見合わぬ豪奢な軍服のようなコートを羽織っている。


「やあ、久しぶり、アリス。わざわざ黒海まで来なくても、私の方からそっちに行ったのに」

「嘘を吐くな。なら、何故わざわざ星読みまで使ってタイミングをズラして現れた」

「海層渡りの時に、上の海層の様子を確認するのが癖になっているだけだよ。そっちに顔を出そうと思っていたのは、本当」


 そう言って、少女は顔を上げる。

 その顔立ちは、驚くほど整っていた。

 もしも、アリスさんが人形のような完璧な美しさをしているのなら、彼女はまるで、この世の欲望を全て体現したかのような視線を奪われずにはいられない妖しげな美しさをしている。

 こんな状況でも無かったら、間違いなく見惚れてしまっていただろう。


 その少女は血のように紅い深紅の瞳を弓なりに歪めながら、好戦的に笑う。


「ごめんね、アリス。少し迷惑をかける事になるけど、色々あって、私これから海軍基地を潰すから、さっさと撤退……?」


 その時、少女の視線が不意に僕に向けられる。

 少女と目が合った瞬間、僕の心臓は思わず飛び出してしまいそうなほどに高鳴ってしまった。


 な、何だ、この心臓の鼓動は……? まさか、僕はあの少女に……。


「あ、あれぇーーーーーーーーっ⁉ 蒼⁉」


 ……はい?



****************



「ちょっ、蒼⁉ 生きていてくれていたのは嬉しいけど、流石に海軍に入るのは違くないかな⁉」

「アンタ、誰だ?」

「あ、あれぇーーーーーーーーっ⁉」


 少女は愕然とした表情で、再び叫び出す。

 折角の美少女なのに、情緒不安定過ぎて怖いのだが……一体、何なんだと言うのだ。


『蒼。アレが、例のストーカーでショタコンかつネクロフィリアの超絶変態女』

「はぁっ⁉」

「え、あれが?」

『そう。だから、蒼のことを知っている……それに、蒼の感じた胸の高鳴りは本能的な恐怖によるもの』


 ……なるほど。あれは、恐怖だったか。

 全くそんな気はしなかったが、よく考えればあの船に乗っている時点でブラックハーツ海賊団なのは間違いないだろうし、性別も女性だ。なので、一応辻褄は合っている。


「アリスさん。あの人が、ディア・シーなんですか?」

「う、うむ、そうだ。そうなのだが……へ、変態女とは何の事だ?」

『彼女は蒼に惚れている。だから、蒼を自分のモノにしようと第一海層で追いかけまわしていた』

「お前……」

「あ、アリス⁉ 何で、私をそんなに蔑んだ目で見るのかな⁉」

「……いや、急に虚しくなってな」

「ち、違う! 勘違いだよ!」

『何が勘違いだ。お前は船から海に飛び込んだ蒼を引っ張り上げてまで、追いかけ回していたじゃないか』

「お前は黙ってろ、クソ蛇! 今すぐ殺されたいのか⁉」


 その瞬間、少女は凄い剣幕でサズ子に殺気を向ける。


『聞いた、蒼? アレがあの女の正体だよ』


 サズ子に向けられた殺気の巻き添えをくらった僕は、気が付いたら引いた目で少女を見ていた。

 あ、あんなに良い人そうなのに、とてつもない殺意だ。あと、クオンの時も思ったが綺麗な人が怒ると滅茶苦茶怖い。


「あ、蒼も黙ってないで何か言ってよ。私、そのクソ蛇にイジメられてるよ~?」

『ふっ。似合わないぶりっ子は辞めたら? 見てる方がキツイ』

「……お前、いい加減にしないと後悔する事になるぞ」

『上等だ。かかってこい、性悪女。今度こそ、私と蒼の絆を見せつけてやる』


 黒銀の槍が右腕の傷跡から這い出てくると同時に、古布が僕の腕に巻き付いて槍を握らせる。


「ははっ、笑っちゃうよね。必死に強がって、寄生虫相手にそんな感情なんて糸くず程も湧かないに決まってるじゃん。……ねっ、蒼?」

「……お前がどんなに凄い奴なのか、僕は良く知らないけど、あんまりサズ子の悪口を言うなよ」

「ねえ、何か今日そっち側につく回数多くない⁉ いい加減、私の味方もしてくれないと、そろそろ泣いちゃうよ⁉」


 ディア・シーは何故か本当に半泣きになると、何やらぶつぶつと呟き始める。


「おかしい。いくら何でも、あの蒼があんな事を言うなんて……海軍に入ったから他人のフリをしているのかとも思ったけど……これじゃあ、まるで……ていうか、何で海軍なんかに……」


 その時、ディア・シーは驚いたような顔をしてアリスさんを見る。


「……っ。アリス、まさか蒼は光海教会に何かやられたの?」

「……何の事だ?」

「いいから、正直に答えて。私は真面目だよ」


 その瞬間、ディア・シーの身体から空間を歪める薄黒い靄のようなモノが溢れ出す。

 アリスさんはそれを見ると、顔を険しくしながら応じるように身体から蒼い光を滲ませた。


「貴様が何を言っているのか理解は出来ないが、最初から談笑に応じるつもりはない。私には、すでに時間が残っていないのでな」

「はぁ? 何を言っているのか理解出来ないのはこっちの台詞なんですけど? まあ、いいよ。そっちがその気なら、こっちも力ずくで行くから」


「反逆神の魔法書、原典へ接続」「境界神の魔法書、原典へ接続」


「人類よ。我は神を憎む者。我は神へと反逆する者。我は神を恐れる者の道を妨げ、福音を誹謗し、破壊を訴える。我が名は、破壊の支配者なり。権能発動【破壊権限】」

「我は王の見た夢。鏡の境界を犯す者。我は選択する。歩むことも、識ることも、怒ることも、癒すことも、逃げることも、壊すことも、その全ての決定権は我にある。この世の何者も、我に逆らうことなど出来はしない。我が名は、鏡の支配者なり。権能発動【命令権限】」


 アリスさんとディア・シーは、まるで鏡合わせかのように同時に魔法を発動する。


「【死を齎した明星】」

「【女王命令】」


 ディア・シーが腰に差していた古式銃を手に取ると、黒い靄は吸い込まれるように銃口に入っていき、黒い光となってアリスさんを撃ち抜く。

 しかし、アリスさんから発せられた蒼い光は盾のように前面に展開されると、黒い光を反射するかのように弾き返した。


 弾かれた黒い光は辺り一面に放たれると、周囲を囲んでいたいくつもの軍艦を掠める。すると、黒い光が当たった軍艦はまるで砂で出来ていたかのように崩れ去り、あっという間に沈んでしまった。


「……へえ、封印が解けたんだ」

「そうだ。いくら、お前が私の魂を拘束していようと、今の私はお前を殺す力を持っている」

「その力は確かに厄介だけど、今の私を昔の私と同じと思わないで欲しいな。ていうか、アリスはいつまで過去の栄光に縋っているの? お互い、もう良い年じゃない」

「やかましい。それより、あまり私の部下を傷つけないで貰おうか。【鏡の世界】」


 その瞬間、闘技場の時と同じように世界は一瞬アリスさんの手元に吸い寄せられる。


「私と戦うのに、弱い奴を連れて来る方が悪いよ。【崩壊現象】」


 ——ガシャァァンッ!


 しかし、ディア・シーの身体から再び空間を歪める薄黒い靄が飛び出すと、アリスさんの手元に吸い込まれ、何かが割れるような激しい音が周囲に響き渡る。


「周りに被害を出したく無いのは分かったけど、アリスの世界は私に不利過ぎるからね。ここはフェアに行こうよ。氷結魔法【永久凍土】」


 ディア・シーが新たな魔法を唱えると、瞬く間に海が凍り付き、黒海の上に氷の大地を作ってしまった。

 ディア・シーはそのまま氷の地面に飛び降りると、アリスさんを誘うようにこちらに視線を向ける。


「来なよ、アリス。別に船の上から攻撃してきても良いけど、その軍艦は確実に沈めるよ」

「……」


 アリスさんは、無言で下に飛び降りる。

 ……しかし、その時に一瞬だけチラリと視線を向けられた気がした。

 だが、僕の身体は固まったまま全く動く事が出来ない。


 何なんだ、あの人外の戦いは……。

 アリスさんの言う通りだ。軍艦なんて、簡単に沈められてしまった。

 それも、ただの戦いの余波でだ。


「……何してんのよ」

「く、クオン?」

「私達も、さっさと下に行くわよ。何の為にここまでついて来たと思ってんの?」

「で、でも……僕は、あの戦いに混じれるほど強くはないぞ?」

「……アンタは、ことごとく予想の下を行く男ね」


 クオンは、僕をキツく睨む。


「アンタがどれだけ自分の力を過信していたかなんて知らないけど、私は最初から言ってたでしょ? アンタなんて、私程度でも何とかなると思うほどのしょうもない存在よ。それは、この船に乗っていた全員が思っていたわ。でもね、アリス元帥は何でか、海軍の序列も知らなければ敬語の使い方すらロクに知らないアンタを一番信用してんのよ。その意味が分かる?」

「……」

「……私はもう行くわ。今はこれ以上、誰かに手を引っ張られなきゃ動けないガキを相手にしている暇はないの」


 そう言って、クオンは船から飛び降りる。

 ……いや、クオンだけじゃない。

 この船に乗っていた海兵さん達は、全員が武器を手に取ると次々と何の躊躇いも無く下に降りていく。


 僕のように、ディア・シーと戦う事に怖気づいている人間なんて一人もいない。


『……安心して、私はどんな時でも蒼の味方だよ。だから、逃げたいならそう言って。私が確実に、蒼を連れてここから逃げきってみせる』

「……ありがとう、サズ子。でも、僕は行くよ」


 僕は自分の頬を思い切り叩くと、覚悟を決める。

 そうだ。僕は、アリスさんと約束したじゃないか。

 必ず、アリスさんを守るんだ。ここで逃げたら、男じゃない。


 僕はそうして、クオンの後を追うように船から飛び降りる。


『……本当に、可愛い』

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